図1 色や輝度は同じだが、スペクトラムが異なる二つのテスト刺激(メタマー)を利用した。それぞれの刺激は、各光受容体を刺激するが、3種類の錐体細胞に対する刺激量は等しい。一方で、メラノプシン神経節細胞(ipRGC)への刺激量は異なり、刺激量が大きいほど明るいと感じる。(図:鹿児島大学)
図1 色や輝度は同じだが、スペクトラムが異なる二つのテスト刺激(メタマー)を利用した。それぞれの刺激は、各光受容体を刺激するが、3種類の錐体細胞に対する刺激量は等しい。一方で、メラノプシン神経節細胞(ipRGC)への刺激量は異なり、刺激量が大きいほど明るいと感じる。(図:鹿児島大学)
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 鹿児島大学 大学院 理工学研究科 准教授 辻村誠一氏らの研究グループは、「メラノプシン神経節細胞」と呼ばれる細胞が、人間が感じる「明るさ」(明るさ感)に影響があることを突き止めた。人間には、錐体(すいたい)細胞と桿体(かんたい)細胞の二つがあり、それらが明るさを感じる細胞として知られている。「照度」や「輝度」といった明るさの指標も、錐体細胞と桿体細胞への刺激量が関係している。

 今回の研究成果によって、メラノプシン神経節細胞は、錐体細胞と桿体細胞に続く、明るさを感じる「第3の細胞」であることが分かってきた。このため、照度や輝度が低くても、メラノプシン神経節細胞への刺激量を高めれば人が「明るい」と感じるようになるという。つまり、輝度や照度を抑えつつ、従来と同じ明るさ感を得られるような照明器具などを開発できる可能性がある。

 鹿児島大学の辻村氏によれば、「以前から輝度や照度といった指標では測れない明るさ感があった」という。例えば、建築現場では、照度や輝度が同じにもかかわらず、人が感じる明るさに差が生じる場合があったという。

 錐体細胞と桿体細胞が機能していない盲目の人でも、朝に目が覚めたり、光がある方向を判別したりできる現象があった。一方で、眼球を失った人は、朝起きたり、光の方向が分からなくなったりした。これらの結果から、眼球にある、錐体細胞と桿体細胞以外の何らかの器官で、人間が明るさを感じているのではないか、と考えられてきた。

 こうした現象を説明する答えが、メラノプシン神経節細胞である。同細胞は1994年にマウスで発見され、2005年に人間でも存在が確認された。これまで同細胞は、サーカディアン・リズムや瞳孔の大きさの調整に関係していることは分かっていたが、人間が感じる明るさにまで影響を与えていることを立証したのは今回が初めてとする。

メラノプシンへの刺激量の差が明るさ感の差に


 メラノプシン神経節細胞の働きを調べる上で難しいのは、同細胞のみならず、錐体細胞と桿体細胞も同時に刺激してしまう点だ。そこで今回、「メタマー」と呼ぶ刺激を与えた。メタマーはさまざまな種類があるが、それぞれ、錐体細胞と桿体細胞にとっては同じ刺激量で、メラノプシン神経節細胞だけに異なる刺激を与える。今回は、数あるメタマーの中から、メラノプシン神経節細胞を大きく刺激するメタマーと、あまり刺激しないメタマーを選び、これらのメタマーに対するメラノプシン神経節細胞の反応を調べて、同細胞が「明るさ感」にどの程度寄与しているのかを調べた。色や輝度は同じであるが、スペクトラムが異なる二つのテスト刺激を用意した(図1)。

 メタマーによって、メラノプシン神経節細胞だけに刺激量の差が出るかどうかを確認するために、遺伝子操作によってメラノプシン神経節細胞を持たないマウスを用いて事前に実験した。その結果、同細胞のないマウスは、メタマーへの反応に差が生じなかった。つまり、狙い通りメタマーはメラノプシン神経節細胞だけにだけ刺激量に違いが出た。

 続いて、人間に対してメタマーで刺激を与えて調べた。メラノプシン神経節細胞への刺激が大きいメタマーと小さいメタマーを被験者に提示し、被験者に明るさを判断してもらった。その結果、メラノプシン神経節細胞への刺激を10%増加させたところ、おおよそ明るさ感が10~20%程度増えることが分かったという。

 この現象を応用すれば、例えば、従来よりも輝度や照度を10%削減しても、メラノプシン神経節細胞への刺激量を増やせば、同じ明るさ感を人間に与えることができるので、照明や液晶テレビのバックライトなどの消費電力削減につながる可能性がある。

 この他、顔を明るく見せる化粧品の開発や、野菜などを新鮮に見せる照明など、さまざまな応用を期待できるという。錐体細胞と桿体細胞が機能していない盲目の人でも認識できる標識灯を開発できる可能性もあるとする。

 メラノプシン神経節細胞への刺激は、サーカディアン・リズムの調整にもつながる。例えば液晶テレビの場合、夜には同細胞への刺激が少ない光でバックライトを点灯し、寝つ付きを良くする、という応用も考えられそうだ。今回の研究成果の応用先が広いことから、辻村氏はさまざまな企業と組んで、今後の研究に取り組みたいとする。

 なお、メラノプシン神経節細胞が刺激されやすい光は青っぽい光で、かつゆっくりと刺激量が変化するメタマーに反応しやすいという。メラノプシン神経節細胞は刺激を受けると、パルス信号を出力する。同細胞への刺激量が増えるほど、パルス信号の出力頻度が増えるという。