NTT時代には携帯電話向けデジタルLSIを数多く手掛けていました。大学では、どのような研究をしているのですか。
実は、自らアナログの開発をしています。以前は、デジタル回路側からアナログ回路を見ていましたが。
いま開発しているのは、1枚のDVD(4.7Gバイト)を10秒で送信できる無線システムです。高速通信が可能なように、帯域幅を広く取れるミリ波を使います。ただし、ミリ波は指向性が強く、アンテナの向きを合わせないと通信できません。感度の高いビームが端末にいつも向くように制御する技術が必要になるはずです。
そこで、この技術を実現するうえでカギとなる、指向性の制御が可能なフェーズシフト・アンテナを開発しています。これは、まさにアナログ回路の塊です。
加藤さんはアナログの開発経験があまりないとのことでしたが大丈夫なのでしょうか。アナログの世界は怖いという印象もあります。
その通りなのですが、いまはシミュレータが驚くほど発達しています。精度が高いのです。極論すれば、アンテナの原理が分かってなくても開発できてしまうほど。私には、アンテナについてのバックグラウンドはないのですが、フェーズシフト・アンテナで重要なのはシステムです。つまり、通信相手とのマッチングでMACの概念が分からないとできない世界です。この開発に求められるのは、アナログのアンテナの世界より、デジタルの制御部分です。
そうはいっても、アンテナに関する基礎的な知識はやはりある程度は必要かと思いますが、シミュレータの発達で、アナログの世界に恐れずに入り込んでいける時代になったということですね。
アンテナの制御システムに関するアイデアが沸けば、シミュレーションによって1週間ほどで確認できます。学生にとっては面白い環境になったのではないでしょうか。シミュレーションで得た最適な設計は、試作して実感と合うことも確認できます。
大学では、新しい無線LANの規格もIEEEに提案して標準化しています(図1)。規格名は「802.15.4k」です。既存の無線LAN(802.11bなど)のハードウエアをそのまま使って、新しい機能を付加できます。
付加機能では、通信速度を10kビット/秒程度に抑えて、その分、通信距離を10km位にまで伸ばすものです。GPSから得たユーザーの居場所の情報を発信します。東日本大震災など災害の際に、家族が互いの居場所を伝え合うために使えると考えています。
万が一の際にだけ使うのでなく、平常時にもセンサー・ネットワークの無線システムとして利用可能です。この機能(ソフトウエア)を載せたチップを使えば、さまざまなもののモニタリング・システムが容易に実現できます。例えば、各家庭の電気使用量の変化を測定すれば、電柱に載せている変電器が電気使用量の予期せぬ変動で故障することを未然に防ぐ対策に役立てられます。モニタリングは、農業、漁業、建物、社会インフラなど様々な分野で利用可能です。