組み上がった「はやぶさ」
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 西根氏は、「はやぶさ」を“にぎやかな探査機”と表現する。通常の人工衛星や探査機に比べて、周囲に取り付けられた部品が非常に多く、その部品につながる配管や配線が探査機内部に網の目のように張り巡らされているからである。例えば、通常の小型衛星などでは4個程度の姿勢制御用のガス噴射ノズルが「はやぶさ」では12個付いている。推進剤にキセノン(Xe)を使ったイオンエンジンも搭載され、これらに伴う配管やタンクが内部に取り付けられている。さらに、通常は機器を配置しない結合リングの内側に、イトカワに着陸する際に使うターゲット・マーカー3個やセンサ類が配置されていた。「こんなところに機構部品を配置したのは『はやぶさ』しかないだろう」(西根氏)。これほど、部品点数が多く、込み入った構造になっていたのである。

唯一不安だったカプセルの分離

 「『はやぶさ』について特別な思い入れはない」と言い切り、「打ち上げ以降はある程度は様子を気にするが、頭の大半は次の人工衛星や探査機のことが占めている」とする西根氏。そんな西根氏でも気が気でない場面が「はやぶさ」にはあった。世間の話題をさらった帰還カプセルの分離である。イトカワの微粒子を納めた帰還カプセルは、地球に再突入した「はやぶさ」から分離されて地球上に落下、回収された。自らが組み立てた、この分離機構が動作するか否かには不安があったと言う。

 もちろん、地上でのテストは入念に実施した。しかし、「はやぶさ」が打ち上げられてから分離機構を作動させるまでに7年が経過していた。当初計画ではここまで時間経過は想定していなかった。このため、地上では5年を想定したテストしかしていなかった。動作するとは思ったが、宇宙空間や地球再突入の過酷な環境にさらされた分離機構、特に火薬が確実に点火・爆発、電気計装(ハーネス)を切断できるかには自信が持てなかったと言う。

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 いくつかの偶然も手伝って、はやぶさの組み立てを担当、現代の名工にも選ばれた西根氏。現在は、次の「ASNARO」や「SPRINT-A」の組み立てを担当しながら、後進の指導・育成にも力を入れている。自らがこの業務に携わるようになった35年前には、大先輩から自分まで各年代に技能者がいたのに対し、現在は人員が減って年齢ギャップが大きい。人工衛星や探査機の打ち上げ回数も減り、技能を磨く機会も減っているなかで、宇宙産業に携わる技能者の現状を憂いながらも、状況をより良くしようとするその目は、力強く将来を見すえていた。