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 Apple社が非凡だったのは、次の一手を見誤ることが少なかったことだ。その根底には、やはりユーザーに「最高の体験を提供する」という姿勢があったとみられる。開発が進んでいたタブレット端末向けの技術をスマートフォンにいとも簡単に流用し、前言を翻してiPhone向けのネイティブ・アプリ開発を許可したのは、いずれも最終的に利用者に与える体験の質が高まると判断したからだろう。

 消費者により良い製品を届けることを目指す姿勢は、Apple社ばかりではない。どの会社に聞いても同じ返事が戻ってきそうな、ごく当たり前のことだ。では、Apple社と他の企業は、どこが違ったのか。

 恐らく、その答えは、一つの製品に対するApple社の「こだわり」が他社とは桁違いに大きいことではないか。Apple社は他社が気にもかけない細部に目を配り、時間と資金をたっぷりかけて製品を磨き上げたのだ。

 特に他のエレクトロニクス・メーカーとの比較では、双方の違いが浮き彫りになる。例えば、同社の品種の少なさである。

 2011年9月期のApple社の売上高は1080億ドル(1米ドル=76円換算で約8兆2000億円)、純利益は260億ドル(約2兆円)だった。一方、同年3月期のソニーの売上高は約7兆2000億円、純損益は約2600億円の赤字である。今やApple社はソニーよりも売り上げ規模が一回り大きい。

 それにもかかわらず、Apple社が手掛ける製品分野はパソコン、音楽プレーヤー、携帯電話機など数えるほどしかない。それぞれの品種もごくわずかである。対するソニーは、エレクトロニクス関連製品ですら民生用から業務用、部品まで多彩な品ぞろえである。さらに、映画や音楽、金融など幅広い分野に手を伸ばしている。両社の間で一つの製品につぎ込める人員や資金には、大きな差が生まれている。

独りですべてを見たJobs氏

 こうしたApple社のこだわりの中心にいたのがJobs氏だった。同氏は、どんな製品でも納得がいかなければ出荷を許さなかったと言われる。これは、同社の製品の種類が少ない理由の一つだろう。独りの人間が全製品に目を行き届かせようとすれば、製品の種類は必然的に絞られるからだ。

 上司の思い付きで製品の方向が変わるのは、どの企業でもよくあることだ。思い付きが現場の意図との齟齬を生み、結果として中途半端な製品になることは少なくない。Apple社がそうならなかったのは、口を挟むといったレベルでJobs氏は満足できず、製品のコンセプトからボタンの数まで、すべてを自分色に染めなければ気が済まなかったためだ。同氏を扱った記事や書籍には、現場が何と言おうと頑として主張を曲げなかった逸話が山ほど出てくる1~2、4)

 ジョブズ氏が最終的にすべてを判断するから製品のデザインや操作性に統一感が生まれた。すべての製品に気を配るから、複数の製品を組み合わせてもスムーズに使える。Apple社の製品が使いやすさやデザインで群を抜く大きな理由は、ここにある。もちろん、Jobs氏が史上稀に見る卓越したセンスの持ち主だったからこそできた技だが。

 Apple社だけがコンピュータの歴史を変えることができた理由をたどると、最後はJobs氏の存在に行き着く。同氏が認めたものを作り続けたことが、同社の強さの源泉。世界を変えた魔法は「Steve Jobs」という人物そのものだった。

参考文献
1)Walter Isaacson著、井口耕二訳、『スティーブ・ジョブズ?』、2011年11月、講談社.
2)Steven Levy著、上浦倫人訳 『iPodは何を変えたのか?』、2007年4月、ソフトバンク クリエイティブ
3)Phil Keys、「iPodの開発」、『日経エレクトロニクス』、2004年5月24日号8月2日号、http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080714/154759/
4)Jeffrey S. Young、William L. Simon著、井口耕二訳、『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』、2005年11月、東洋経済新報社.
5)次のURLからインタビューを収録したビデオをポッドキャストとしてダウンロードできる、http://itunes.apple.com/jp/podcast/steve-jobs-at-d8-conference/id377953458