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 その後、オーディオ・カセットやVTRの時代には、オランダRoyal Philips Electronics社、ソニーや松下電器産業(現・パナソニック)、といった欧日の家電メーカーが主役の座を奪い、米国メーカーは姿を消した。この覇権は、音楽CDやDVDの時代にも日欧の企業に引き継がれた。

 iPodとiPhoneの開発によって、メディア技術の覇権を米国に奪い返したのが、Jobs氏率いるApple社である。同社の企業評価、つまり株価が高まったのは、音楽プレーヤーとスマートフォンの一般消費者向けの携帯情報機器がヒットしてからである。それはいきなり生まれたわけではない。先にも述べたようにその背後には、Jobs氏がプロ向けの機器で長年培ってきた事業モデルの経験や人脈、そして勘が隠れている。

 彼は、プロ向けの技術では出版物から音楽、映像までのシステムを完成させ、一般消費者向けでも出版物や音楽のビジネスモデルを構築した。ただ一つ、最後に残っていた部分は、一般消費者向けの映像関連サービスである。つまり、現在のDVDやBlu-ray Discというパッケージ媒体を本格的に駆逐するビジネスだ。

Jobs氏の他には見当たらない

 ここでは、少しJobs氏にも誤算があったのではないか。iPadを投入する際に、Apple社は電子書籍を前面に押し出した。しかし、本当はiPadで映像の視聴を実現したかったのではないか。HD映像が主流になる中、映像の視聴にはiPadの画面サイズが思ったよりも小さかったし、第3世代移動通信では通信速度が遅かった。そうした中途半端な機器という誤算があったのではないかと。同社の電子書籍は、今の時点では、決して成功とは言えない状態である。

西 和彦(にし・かずひこ)氏
尚美学園大学大学院 芸術情報学専攻 教授。デジタルドメイン 代表取締役社長。博士(情報学)。大学在学中に日本初のパソコン専門雑誌「月刊アスキー」を出版し、アスキーを創業。経営の傍ら、米Microsoft社のBill Gates氏ら共に、MS-DOSやWindowsの開発に従事。同社の新技術担当副社長などを歴任。このほか、MPEGビデオの開発・標準化などに参画した。近年は大学で研究・教育活動を行っている。また、ハイエンド・オーディオの企画・開発会社であるデジタルドメインを主宰する。
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 Jobs氏が最後に自らの手で発表したインターネット・サービス「iCloud」、そして製品化が噂されている大画面の薄型テレビ。これら二つの組み合わせが、Jobs氏が思い描いていた映像サービスの本命だろう。無料のテレビ放送と、そのアーカイブや映画などのプレミアム映像を配信する有料のインターネット・サービスをいかに使いやすく、楽しいものにするかを彼は模索していたように、僕は思う。

 こうしたビジネスモデルを家電やコンピュータ関連の企業が築くことを、メディアコンテンツ企業は好ましく思わないだろう。それを承知で、ハリウッドの映画会社とニューヨークの大手メディアと渡り合えるのは、世界中でJobs氏をおいて他に見当たらなかった。

 その意味では、Jobs氏の死によって、映像メディアの新たな姿を模索する動きは、再び混沌とするかもしれない。彼は、本当に技術に詳しかった。いろいろな技術の動向を知る視野の広さを持っていた。技術を分からないヤツは人間ではないというくらいに。そうでなければ、大きな功績は残せなかったはずだ。

 彼の頭の中にあった映像サービスの姿をぜひ見たかった。道半ばでの早過ぎる死は残念でならない。