日本IBMの顧客向けイベントで講演する川口克已氏 Tech-On!が撮影。スクリーンは同社のデータ。イベントの名称は「IBM Smarter Planet Forum 2010 Summer」で,8月24日に東京で開催された。今回のインタビューは,このときの講演内容をベースに行った。
日本IBMの顧客向けイベントで講演する川口克已氏 Tech-On!が撮影。スクリーンは同社のデータ。イベントの名称は「IBM Smarter Planet Forum 2010 Summer」で,8月24日に東京で開催された。今回のインタビューは,このときの講演内容をベースに行った。
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 医療関連のITシステムの要と言われる電子カルテ・システム。その現状と将来展望について,日本アイ・ビー・エムに聞いた。答えたのは同社の川口克已氏(グローバル・ビジネス・サービス事業 医療機器業界担当 マネージング・コンサルタント)である。同氏の業務は,日本の医療機器メーカーにさまざまなコンサルティング・サービスを提供すること。医療機器に必要な部品(LSIなど)の選定や調達から,医療機器メーカーの海外進出支援まで,扱う範囲は広い。(聞き手は小島郁太郎=Tech-On!)

問:最初に,日本の電子カルテ・システムの現状について聞きたい。

 日本の電子カルテ・システムは大病院を中心に普及してきたが,その発端となったのは,2001年12月に厚生労働省が提言した「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」である。これによって用語やコードが標準化されるなど,医療情報の取り扱いのガイドラインが整備され,電子カルテ・システムの普及が始まった。現在,電子カルテ・システムの国内市場規模は500億円以上,電子カルテ・システム導入に付帯する医事会計システムや各診療科システムを接続するSI(system integration)ビジネスの市場規模も500億円以上あると考えている。

 ただし,順風満帆かと言うとそうでもない。厚労省が当時にグランドデザインの目標値として期待したほど電子カルテ・システムは普及していない。いくつかの報告などを見ると,ざっくりと言って,当初の期待の半分程度の普及と言える。入院用のベッド数が400床以上の大病院にはかなり普及したが,20~200床の中小規模の病院ではあまり普及が進んでいない。診療所(ベッド数が19床以下の医療施設)に対しては,当時「2007年3月末時点で全診療所の6割以上に普及」という目標があったが,現在でもこの目標値にはまったく達していない。

 ただし,診療所は世代交代する際に電子カルテ・システムも採用されるパターンがあり,時間はかかるものの,普及していくとみている。心配なのが中小規模の病院である。電子カルテ・システムを導入しても,コストに見合った効果が期待できないことが多く,導入に二の足を踏むケースが後を絶たない。

医師に優しい日本のシステム

問:日本の電子カルテ・システムの特徴は。

 米国など海外の電子カルテ・システムに比べて,エンド・ユーザーである医師が扱いやすいように,GUIを使った操作ができるなど操作性に優れている。医師は紙のカルテに患部の簡単な絵を添えることが多いが,それも日本の電子カルテ・システムでは可能だ。一方で,海外の電子カルテ・システムはテキスト・ベースが中心で,日本のものと比べると医師の操作性に難点があるといわれている。

 ただし,日本の電子カルテ・システムの強みは同時に弱みにもなっている。現場の意見を取り入れて扱いやすくはなっているが,世界の標準化からみると特異な存在になってしまった。携帯電話機でよく言われている,ガラパゴス化が電子カルテ・システムでも起こっていると指摘する声は大きい。

 携帯電話機のガラパゴス化では,世界標準の通信規格に乗っていないことも問題視されているが,電子カルテ・システムでも同じことが当てはまる。1999年に米国において「IHE:Integrating the Healthcare Enterprise(医療における情報の連携と統合)」という国際標準規格を推進する枠組みができて,欧州やアジアの国々へ組織が広がり,今日では国際的な組織が形成されている。日本でも2001年より厚労省と経済産業省の支援の下,IHE-J委員会が活動を開始している。日本の各ベンダーは積極的に規格を採用しているが,実際にそのまま現場へ適用されている度合いは,欧米に比べて低いのではないか。