前回までは,五感のうち嗅覚に相当するセンサの開発動向を述べた。今回は,最近注目を集める味覚センサの現状を探る。既に,食品や医薬品の開発などの分野で利用が始まっている。連載の目次はこちら(本記事は,『日経エレクトロニクス』,2008年2月25日号,pp.72-74から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

 奮発して例のレストラン・ガイドに載っていた星付きの店に行ったんだが,ちょっと自分の口には合わなかった——。多くの人が経験したことがあるであろうこんな失望感は,近い将来,感じなくても済むようになるかもしれない。美食家の口に合った結果のおいしさではなく,料理の味の質を客観評価できるようになるからだ。それを可能にするのは味覚センサ。自分の嗜好に合った味をデータの形で持っておけば,それに近い味を出してくれるレストランを検索できる。

基本味それぞれを数値化

 味を数値化して評価できる味覚センサが注目を集めている(図17注8)。既に,食品の開発や品質管理,医薬品の開発などに利用されている。甘味を出すショ糖やうま味を出すグルタミン酸など味の原因物質を検知するのではなく,人間が感じる味そのものを数値で表すことができる。舌が味を感じる機構を模倣したバイオ・センサを開発することによって実現した。

注8) 人間が味として感じているものは,実際には複雑な要素で構成されている。基本味以外にも,口の中の粘膜を刺激することによる痛覚に相当する辛味や舌の滑り具合に対応する渋味なども味として感じている。また,かみ心地,舌触り,のど越しなどの触覚に分類される感覚や,香りなど嗅覚の要素も絡んでくる。

図17 人間が感じる基本味を直接検知できるセンサ 生物の味覚の機構を模倣したバイオ・センサを用いた味覚センサが実用化された。センサに用いる脂質と高分子膜の配合を工夫することにより,従来のように統計的な手法を用いることなく基本味を直接検知できるようになった。センサの大きさも,携帯できるほど小型化した。これまで味は,イオン・センサやphセンサ,液体濃度センサなど複数種類のセンサを通じて得た化学量を通じて間接的にしか知ることができなかった。
図17 人間が感じる基本味を直接検知できるセンサ 生物の味覚の機構を模倣したバイオ・センサを用いた味覚センサが実用化された。センサに用いる脂質と高分子膜の配合を工夫することにより,従来のように統計的な手法を用いることなく基本味を直接検知できるようになった。センサの大きさも,携帯できるほど小型化した。これまで味は,イオン・センサやphセンサ,液体濃度センサなど複数種類のセンサを通じて得た化学量を通じて間接的にしか知ることができなかった。 (画像のクリックで拡大)

 舌の表面にある味を感じる器官「味蕾みらい」には,甘味,塩味,酸味,苦味,うま味の五つの基本味をそれぞれ受け取る味細胞がある。味覚センサも,それぞれの基本味に対応する味の度合いを,区別して評価できる。味を作り出す化学物質は無数にある。中には非常に似た味に感じる物質の組み合わせもある。味覚センサは,異なる組成の化学物質でも人間が似た味と感じれば,よく似た値を出力する。まさに人間の味覚を模したセンサである。