ガス・センサはさまざまな分野で使用実績があるため,嗅覚センサとして実用化がしやすい。においだけではなく原因物質を特定できるので,応用の幅は広い。ところが,ガス・センサを使う場合には,においの原因物質の種類に応じて複数のセンサを併用する必要がある。例えばコーヒー,牛肉,ビールなどでは,それぞれ1000種類前後のにおいの原因物質が確認されている。実際に人間がかいで評価した「官能値」に近い測定をするためには,ガス・センサの選択にノウハウが必要になる。

 加えて,主成分分析といった統計手法やニューラル・ネットワークなどを用いて,原因物質の構成とにおいを対応付けるパターン認識を施す必要がある。この手法は,工業用の大規模な分析装置か,応用を限定して小型化した装置として使われることが多い。

†主成分分析=複数の変数の間の相関を,少数の合成変数で説明する統計手法。

†ニューラル・ネットワーク=脳の機能の働きをコンピュータ・シミュレーション上で表現した数学モデル。ネットワークを形成している神経細胞(ニューロン)は,学習によって結合強度を変化させて問題解決能力を持つようになる。こうした働きを模して,パターン認識などを効率よく実行するために用いる。

 一方,バイオ・センサを使うと,検知結果とにおいの対応付けは人間の感覚に合ったものになると期待されている。現存するガス・センサでは到達できないような高感度な生物の嗅覚を再現できる可能性も秘めている。

 ただし,嗅覚の機構自体が,最近になって解明され始めた段階である注5)。このため現時点では,嗅覚の機構を完全に模倣することはできない。

注5) 2004年のノーベル医学生理学賞は,嗅覚機構に関する研究で成果を挙げたFred Hutchinson Cancer Research CenterのLinda B. Buck氏とColumbia UniversityのRichard Axel氏が受賞した。両氏は,においの受容に関係する約400個のたんぱく質を発見し,そのたんぱく質には800以上の遺伝子が関連することを解明した。

解析技術で選択性を向上

 ガス・センサをベースにした手法では,既に工業用の嗅覚センサが登場している。実際に食品の開発などに使われるようになってきた。

 ガス・センサの技術開発の焦点は,「高感度化」とガスの種類を区別するための「選択性の向上」である。分析結果をにおいに対応付ける,主成分分析などパターン認識技術の進歩によって性能が一気に向上した。