――2年以上の議論を経た挙げ句,なぜメーカーが合意できない「調整案」が出てくる事態が起こるのか。

椎名氏 それは分からない。文化庁に聞いてよ。ただし,権利者としては文化庁の調整案に向け,相当な犠牲を払って最大限の譲歩をしたという意識がある。具体的には,補償を適用する範囲の限定や有料配信などを対象から外すといった項目がそれに当たる。譲歩してでも合意の意向を示したのは,この議論が長引きすぎており,5月8日の時点でいったん,何らかの合意を形成する必要があるとの認識があったからだ。

「文化庁案はメーカーに寄せた提案」

 権利者の譲歩の度合いをどう評価するかはお任せするが,例えば,5月8日の録録小委の会合で調整案を見た学識経験者の委員からは,「権利者に相当厳しい案」「本当に権利者はこれを合意するのか」といった意見や質問があった。中立的な立場でこの議論に参加してきた委員からこうした評価があったことからも,文化庁がかなりメーカー側に寄せた調整案だったことが分かると思う。

 もう一つ。今回の調整案はメーカーの主張を受け入れて「DRM技術の進歩を前提に,将来的には補償金制度を廃止する」という論理で組み立てられている。だが,こうした論理を権利者として受け入れ可能なのは今回が最後のタイミングだったと思う。DRMは賞味期限ギリギリの技術。世界的な趨勢や評価を客観的に見ると,今後広く普及する可能性は期待しにくい。それなのに(メーカーが主張するような)補償金制度の代替になるDRM技術は,未だに登場していない。

 この問題はもう何年も議論されており,時間がたてば立つほど補償金制度がやせ細っていく状況にある。時間との戦いという側面もあるからこそ,権利者にとって不利な条件を受け入れても,この時点で段階的な結論を得ておく必要があると判断した。

 メーカーが当初から主張を変えていないのはご立派。けれども他の関係者はみんな,5月8日の段階でかねてからの主張を(合意のために)変えた。変えていないのはメーカーだけ。そのことは(道義的に)どうなのか,ってことです。ボクがメーカーの担当者なら調整案に飛びついたと思うけどね。

――家電メーカーの業界団体で録録小委の議論の当事者でもある電子情報技術産業協会(JEITA)が5月30日に公表した声明(プレスリリース)を読むと,iPodやHDDレコーダーのような一体型機器に補償金を適用する方針について拒否反応が強いように見える。また,いわゆるタイムシフト,プレースシフト向けの機器は権利者の経済的損失を直接生じさせないと主張している。

椎名氏 JEITAが何を言いたいのか理解に苦しむ。一体型機器に著作物が録音,録画されているのは事実。音楽CDからの録音に関する補償に合意するなら,一体型の機器が対象にならない理由を明確にすべき。汎用機に似ているとか,汎用機への課金の橋渡しになりそうだというのは,正当な理由と思えない。