産業構造の違いを超えて相互理解を深める 目次-産業構造が変わる
日経エレクトロニクス2007年12月3日号,PP.113-115から転載しました。所属,肩書き,企業名などは当時のものです。

技術構造の違いが明らかに

 自動車産業と半導体産業には文化の差以外に,技術構造としてどのような違いがあるのだろうか。産業構造の観点から見ると,半導体産業は典型的なサイエンス型産業である注8,6~7)。一方,エレクトロニクス化が進む以前の自動車産業は,既存の技術を基に改善などの行為で技術進展を進めてきたエンジニアリング型産業であるといえる注9)。エンジニアリング型産業は,開発する機能が現行技術の延長線上で実現すると疑わない。解はあらかじめ確定しており,無数にあるアプローチの方法を探索しているにすぎないからである。半導体と比べると,従来の自動車は「カイゼン」の積み重ねによる産業と見なせる。

注8) サイエンス型産業とは,サイエンス(科学)に依拠した産業群や基礎的な科学の重要性が高い産業を指す。科学との距離が近い産業といえる。

注9) 自動車産業が全く科学の知識を利用していないわけではない。ここでは,サイエンスあるいはエンジニアリングのどちらに軸足を置いているかによってのみ分類し,サイエンス型産業に対しエンジニアリング型産業を名付けた。自動車産業を技術発展の歴史的背景からエンジニアリング型産業に分類したが,今後は車載半導体だけでなく,ナノ材料,燃料電池の開発など科学に依拠した産業へ急速に移行することが予想される。自動車産業にサイエンス型の科学観や技術観が浸透すれば歩留まりの例に見るような考え方の相違は障壁にならなくなるかもしれない。

 自動車メーカーが自動車を開発する場合,「自社の技術の引き出しから最適な技術を選んでパッケージ化するという作業スタイルを採る。エンジンなど,すべてが自社技術であるため,単純に社内を調整するだけ」(ある国内自動車メーカーで情報関連を統括する技術者)という(図8)。より高性能の製品を実現するために,他社のエンジンやブレーキなどを調達することはほとんどない。よって,「エンジン学会」のような学会が存在しない。

 半導体の製品開発の過程は自動車産業と大きく異なる(図8(b))。半導体は,現在の技術の延長では解はないが,将来必要となる製品性能が提示され,それに向けて多岐にわたる科学的な検討と,技術的飛躍により開発が推し進められてきた。サイエンス型産業とエンジニアリング型産業のどちらに軸足を置くかで,車載半導体に対する科学観や技術観が異なってくる。

ロードマップに対する考え方の違い

 開発手法に対する考え方の違いは,ロードマップに顕著に現れる。半導体業界には国際半導体技術ロードマップであるITRS(international technology roadmap for semiconductors)がある。今後の技術課題や開発目標値を難易度ごとに色分けして世界中で情報共有することにより,半導体向けの材料/装置メーカーに開示して開発を促している8)

 車載半導体の開発においても,自動車メーカーと半導体メーカーがロードマップを共有することが円滑な開発を進めていく上で重要だ。国内自動車メーカー各社は,系列会社内でのロードマップの共有はあっても,半導体メーカーや他の自動車メーカーとは共有していない。「欧州メーカーはロードマップを作るのはうまいが,約束をその通り守らない。我々は約束をしたら守らなければならないので,ロードマップをうかつに出さない」(ある国内自動車メーカーで電装品を開発する技術者)。同じ国内自動車メーカーの別の技術者も,「過去の歴史を見ても,早く標準化をしたいときに無理な仕様を決めても結局似て非なるものができてしまうだけで標準化にならない。だから早くものを作りましょうということ」と言う。