いまや家庭への普及率が65.3%(2007年3月,内閣府調べ)に達した温水洗浄便座。その温水洗浄便座においても,マイコンが活躍している。ノズルによるおしりの洗浄,乾燥,便座のヒーターといった基本機能だけでなく,脱臭やふたの自動開閉,BGMの再生など,最近の温水洗浄便座は多くの機能を備えている。多機能化が進む過程でマイコンが重要な役割を果たしてきた。そこで温水洗浄便座でマイコンがどのように使われているのか。代表的な温水洗浄便座のブランドである「ウォシュレット」の設計・開発を手がけるTOTOウォシュレットテクノ(本社:北九州市小倉南区)に聞いた。

 初代「ウォシュレット」が発売されたのは1980年のこと。マイコンの搭載は,その後1983年に発売した第2世代の「ウォシュレットGII」からだ(図1)。おしりの洗浄,乾燥,便座のヒーターに加えて,ウォシュレットGIIでは脱臭や温風による乾燥などの機能を付け加え,その後の多機能化の基礎となった。
機能が増えていくと,それぞれの機能が同時に使われるようなケースも増える。しかし,例えば乾燥中におしりの洗浄を行うようなことはない。もしそのような操作を人間が行ったならば,それは意図的なものではなく,誤ってボタンを押した場合である。また人間が便座に座ってもいないのに,おしりの洗浄のボタンが押された場合も同様だ。システムがそのまま操作を受け取って動作してしまうと,ノズルから出た水は便器の外へ飛び出てしまい,周囲は水浸しになってしまう。

図1
図1 最初にマイコンを搭載した温水洗浄便座「ウォシュレットGII」と搭載したマイコン

 こうした「ありえない」動作を防止するシステムを実現するのに大きな貢献をしたのがマイコンだ。「それぞれのスイッチの状態やセンサーの情報を基に,人間が今どの位置にいて何をしようとしているかを推測し,その状態に合った機能だけが動くようにしました」(TOTOウォシュレットテクノ開発部の松尾隆之次長)。

図2
図2 「ウォシュレット」を搭載した便器の代表的製品「ネオレストハイブリッドシリーズ」

 最新のウォシュレットの代表機種には,複数のマイコンとセンサーが搭載されており,これらが連携を図りながら,機能を制御している(図2)。基本機能は,二つのマイコンが受け持っている。このうちの一つは,便器などに取り付けたセンサーが得た状態をもとに,洗浄や便座のヒーターなど基本的な機能を制御する。もう一つのマイコンは,便座のふたの開閉を制御しているほか,脱臭や使用後の便器内の洗浄なども受け持つ。さらに高機能な機種になると,この2つのマイコンの他にも,リモコン,BGMサウンドを再生するシステム,さらに,そこに電波を飛ばす送信機のそれぞれにマイコンが使われており,一つのシステムに合計五つものマイコンが搭載されている。

 現在のウォシュレットの多くに搭載されているセンサーの数は三つ(図3)。一つは熱センサー。便座のふたが閉まった状態で人間が近づいたことを感知して,自動的にふたを開けるために使われている。ほかの二つは,便座の腰のあたる部分とその裏側部分に付けられた赤外線センサー。人間の使用状態を認識する。ふたを閉じた状態で動作する熱センサーは,人間の接近を感じてふたが開くとオフになり,その代わりにふたの下の赤外線センサーがオンになるなど,これらのセンサーが互いに連携している。

図3
図3 複数のセンサーが連携
熱センサーで人間が近づいたことを感知((a)の左側)。赤外線センサーで人間が座っていることを検知(b)。さらに,便座を挙げると,もう一つの赤外線センサーが見える。

学習機能で省電力化を実現

松尾氏
松尾隆之氏
TOTOウォシュレットテクノ
開発部次長

 高機能化が進むと消費電力が増えてしまうことが懸念される。同社製品の場合,省電力化にもマイコンが貢献している。具体的には便座ヒーターを制御する「おまかせ節電」である。1999年に発売した製品から搭載した「おまかせ節電」は,一言で言えば学習機能によるヒーターの制御。1日を32分割し,分割した時間ごとに人間が便座に座っているか否か記録する。その結果を1週間記憶し,そのデータをもとにヒーターの温度などを自動的にコントロールする。つまり,「よく使う」と判断した時間帯は人間の体温程度,それ以外の時間帯は「冷たくない」とユーザーが感じる程度の26度を保つ。この状態は,通常のオンの状態に比べて消費電力を半分程度に抑えられるという。さらに2006年には,この機能をさらに発展させた「スーパーおまかせ節電」を開発した。過去1週間で全く使ったことのない時間帯は,ヒーターの電源を完全に落とすというモードを付け加え,省電力化を一段と進めた。

 おまかせ節電をはじめとしたマイコンによる電力制御は,ユーザーにはもちろんのこと,設計者にとっても大きな利点があったという。「現在のウォシュレットは,20Wクラスの小型のスイッチング電源を使っています。ところが実はすべての機能がいっせいに稼働した場合,電力が不足してしまいます。マイコンを導入し,ありえない動作を受付けないようにすることで,全部の機能を同時に使う状態が発生しないようにすることができます。このおかげで,スイッチング電源を小型にし,デザインやコストの面で利点を得ることがでました」(松尾次長)。高機能化でふくらんだ電力需要を,マイコンで制御することで,実際の使用電力を抑え,新たな機能追加の余地を作る。マイコンは高機能化そのものだけでなく,高機能化による弊害を解消するうえでも威力を発揮したというわけだ。

フラッシュ・マイコン活用で機能を最適化

池ヶ谷氏
池ヶ谷健冶氏
TOTOウォシュレットテクノ
開発部
電装設計グループ

 マイコンがもたらす,もう一つの大きな利点は,ソフトウエアによって柔軟に機能や性能を改良できることだ。特に,温水洗浄便座の場合は,完成までに微妙な調整が欠かせないという。例えば,洗浄に使う水の温度は,あたる部分がデリケートなだけに精密な制御が求められる。そこで「ハードウエアの設計・評価を行ってから,実際に水を通して,的確な温度になるまでソフトで微調整を繰り返し,完成度を高めていきます」(同社開発部電装設計グループの池ヶ谷健治氏)。

 さらにユーザーの声を反映し,製品の機能や性能を改良するためにも,ソフトウエアの改良が不可欠だという。「新製品開発時,長年積み重ねてきたユーザーのデータをもとに,トイレでユーザーがどのような手順で動くのかを想定し,機能に盛り込みます。しかし発売後,予想しなかった動きをするユーザーがいないとは言い切れません。そこで,新しい要求が市場で出てきたときには,ソフトウエアを改良して,より多くのお客様の要望に対応できるようにします」(松尾次長)。ソフトの書き換えならば,時間のかかるハードの設計変更よりも,速やかにユーザーの声を製品に反映することができる。すなわちユーザーの満足度を向上させることができるわけだ。こうした取り組みを促進するために,同社は,新製品を中心にフラッシュ・マイコンを積極的に採用しているという。量産間近までソフトウエアの変更が可能になることなどから,ソフトウエアの最適化を一段と進めることができるようになるからだ。しかも,最終的に機能が完全に安定すれば,安価なマスクROM版のマイコンに置き換えるということもできる。

 トイレの暖房や香りの供給,便器内の水面の高さの調整など,いまもウォシュレットには,続々と新機能が加わっており,これらのほとんどにマイコンが関与している。だが,単にシステムの多機能を進めるだけでなく,ユーザーの生活や環境問題まで視野に入れながら,それぞれの機能や性能を高めるうえでマイコンがもたらす利点は多い。その効果を実感できる身近な応用例の一つが温水洗浄便座かもしれない。