図1 AlGaNチャネルのHEMTの位置付け
図1 AlGaNチャネルのHEMTの位置付け
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図2  AlGaNチャネルのHEMTの耐圧を調べた結果。発表された論文によると,右のグラフはゲートとドレイン間の距離が10μmの素子で,ゲート電圧を-5Vの結果である。今回発表した論文によれば耐圧1650V。
図2  AlGaNチャネルのHEMTの耐圧を調べた結果。発表された論文によると,右のグラフはゲートとドレイン間の距離が10μmの素子で,ゲート電圧を-5Vの結果である。今回発表した論文によれば耐圧1650V。
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図3 ゲート長が1μm,ゲートとドレイン間の距離が2μmのAlGaNチャネルのHEMTの電気特性。
図3 ゲート長が1μm,ゲートとドレイン間の距離が2μmのAlGaNチャネルのHEMTの電気特性。
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図4  AlGaNチャネルのHEMTの概略図と研究グループ内での役割分担。
図4 AlGaNチャネルのHEMTの概略図と研究グループ内での役割分担。
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図5 Siイオンを注入して抵抗の低い領域を形成。
図5 Siイオンを注入して抵抗の低い領域を形成。
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 三菱電機と東京工業大学,理化学研究所の研究グループは共同で,従来に比べて出力を高められるというGaN系HEMTを試作した。理論的に,「少なくとも3倍以上に高められる」(三菱電機)とする。これまでのGaN系HEMTはチャネル層にGaNを用いていたのに対し,今回はチャネル層にAlGaNを使う。主に5GHz帯を利用する無線通信や携帯電話の基地局での利用を想定する。出力が高いので,基地局の小型化や高効率化につながるという。今回の成果は,米国ワシントンDCで12月10~12日に開催されている電子デバイス技術に関する国際会議「2007 IEEE International Electron Devices Meeting(2007 IEDM)」で発表したもの。発表に併せて日本で記者会見を開催した。

 現在,携帯電話の基地局では主にGaAs系素子が利用されている。高出力化を期待できる次世代の高周波素子としてGaNチャネルを使うHEMTの研究開発が進んでおり,一部実用化している。三菱電機は,今回のAlGaNチャネルを使うHEMTを次々世代の高周波素子と位置付ける(図1)。実用化時期に関しては,「GaNチャネルを使うHEMTの本格的な普及は早くても2010年。AlGaNチャネルを使うHEMTはその後。2010年代の早い時期に実用化したい」(三菱電機)という。

 高出力化できるのは,チャネル層のバンドギャップはAlGaNの方が広く,HEMTの耐圧を高くできるため。耐圧が大きいほど高いドレイン電圧を印加できるので,高出力化しやすい。GaNのバンドギャップは3.4eVで,今回のチャネルに用いたAlGaNは同5eV程度である。チャネル層上に設ける電子供給層は,従来と同じくAlGaNを使う。電子供給層でのAlの組成比は,チャネル層よりも高くしてある。

出力は3倍以上に

 試作した素子の中で耐圧が高いのは約1600Vのもの(図2)。一般的なGaN系HEMTの耐圧の「約8倍に相当する」(三菱電機)という。出力は耐圧とドレイン電流の積に比例する。そのためGaNチャネルのHEMTと同じドレイン電流をAlGaNチャネルのHEMTに流せれば,理論的に「出力を8倍以上にできる」(同社)とする。

 ただし,現状でAlGaNチャネルのHEMTのドレイン電流は,一般的なGaNチャネルのHEMTに比べて1/3程度(図3)。そのため,約3倍の出力となる。ただし具体的な出力を公開しておらず,遮断周波数や最大発振周波数も未公開である。

3つの手法で実現

 今回,三菱電機らは主に3点に注力してAlGaNチャネルのHEMTを実現した。(1)構造設計,(2)結晶品質の向上,(3)ソースやドレインの電極から2次元電子ガス層までの抵抗(コンタクト抵抗)の低減,である。(1)と(3)は三菱電機,(2)は東京工業大学と理化学研究所が担当した。

(1)に関しては,高速で電子が流れる2次元電子ガスが発生するように,Alの組成比が異なるAlGaNの間で生じる圧電効果を利用した。今回試作した素子は,下からサファイア基板,AlNのバッファ層,AlGaNのチャネル層,AlGaNのバリア層(図中では「電子供給層」)を積層したもの(図4)。バリア層をAl0.53Ga0.47N,チャネル層をAl0.38Ga0.62Nとバリア層のAl比を高くして格子定数を変え,圧電効果が生じるようにした。

 (2)では,成長方法を改良することで結晶品質を高めた。中でもバッファ層や,バリア層とチャネル層の界面の品質を高めた。(3)については,コンタクト抵抗を下げるため,バリア層のソースやドレインを形成する領域にSiイオンを注入して電子濃度が高くなるようにした(図5)。AlGaNのバンドギャップが高いため,チャネル層がGaNの場合よりもイオンを注入しにくいという。

 実用化に向けた課題の一つは信頼性。AlGaNチャネルのHEMTはGaNチャネルのHEMTに比べて高品質な結晶を成長させにくく,高い信頼性の確保が難しいという。