デンソーは, ハイブリッド車向けにSiC素子を搭載したインバータ・モジュールを試作,このモジュールを利用して実際にモータを駆動し,車輪を回すデモンストレーションを見せている(図1)。
同インバータ・モジュールにはSiC製のショットキー・バリア・ダイオード(SBD)と同じくSiC製のMOSFETを実装してある。いずれもデンソーが試作した素子である。同社は素子ばかりかSiC基板も試作済みで,今回のSiC素子はこの基板を利用して開発した。実演のほか,SBDとMOSFET,インバータ・モジュール,直径3インチのSiC基板も展示した(図2)。
実演では,SiCインバータ・モジュールに72Vの電源を供給し,3相交流モータを駆動している。モジュールには,MOSFET2個とSBD1個を1組としたものを6組搭載する(図3)。2組で1相分に相当する。
実演は室温下で行っているが,インバータ・モジュール自体は+250℃の環境下でも駆動できるという。「250℃以上になると,モジュールに用いているはんだが溶け出してしまう」(説明員)とする。こうしたSiCインバータ・モジュールを用いたモータ駆動の実演はデンソーのほか,「CEATEC JAPAN 2007」でロームなどが行っている(Tech-On!関連記事)。
出力電流密度を2倍以上に
試作したSiC素子の特性は以下の通り。耐圧はSBDとMOSFETともに1200V。MOSFETの大きさは5mm角で出力可能な電流は30~40A,SBDは同8mm角で同200A程度である。
今後は抵抗値を下げて出力電流密度を高めたり,素子を大きくして高出力化したりする計画だ。例えば今回のSiC製MOSFETの場合,出力電流密度は200A/cm2程度。これを2倍以上に引き上げて,400~800A/cm2とSi製IGBT以上にする考えである。
現在ハイブリッド車向けインバータ・モジュールに利用するSi製IGBTの出力電流密度は,「一般的に200~300A/cm2程度。効率良く冷却できるIGBTで400A/cm2で出力できるものもある」(説明員)という。出力電流密度を高めることができれば,より小さな素子で従来と同程度の出力電流を得ることができ,インバータ・モジュールの小型化につながる。
オン抵抗を下げて出力電流密度を上げる
MOSFETの出力電流密度を高めるためにはオン抵抗を下げる必要がある。今回試作したSiC製MOSFETのオン抵抗は8~10mΩ・cm2。これを1/3程度の2m~3.5mΩ・cm2にしたいという。オン抵抗を下げるため,耐圧を1200Vに維持しつつドリフト層を薄くして同層の抵抗を減らしたり,MOS構造の酸化物とSiCの界面を改善してチャネル抵抗を低くしたりするという。オン抵抗はドリフト層での抵抗分とチャネル抵抗が大部分を占める。それぞれ「ほぼ50%ずつ」(説明員)だという。
ただし出力電流密度を800A/cm2程度と大きくするには,SiC素子を冷却するシステムも改善する必要があるという。例えば素子両面を冷却する手法である。すでにトヨタ自動車の「レクサス LS600h/600hL」に搭載している同社製PCU(power control unit)では,素子両面を冷却する構造を採用している(Tech-On!関連記事)。
試作した3インチのSiC基板には,欠陥の一種であるマイクロパイプはほとんどないという。ただし,らせん転位などの微小な欠陥はある。おおよそ200~300個/cm2程度だという。ちなみにデンソーは豊田中央研究所と共同で,SiC単結晶の欠陥を減らす「RAF成長法」と呼ぶ結晶成長法を開発し,2004年8月に発表している(豊田中央研究所のニュース・リリース)。既に「豊田中央研究所からSiC基板を作製する技術の移管を受けている」(説明員)という。
なお,SiCインバータ・モジュールやSiC素子,SiC基板などの製品化は未定である。
【訂正】記事掲載当初,今回試作したSiC製MOSFETのオン抵抗を「8~10mΩ・m2」としておりましたが,正しくは「8~10mΩ・cm2」です。お詫びして訂正します。記事本文は既に修正済みです。