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【西】その経営判断の材料になったのは何でしょう?

【出井】社長に就任する前、私は社内にシンクタンクを作っていたんですが、1993年から1994年にかけて書いたレポートが基になりました。その中で挙げていた項目です。

 そこでは当然、技術トレンド予測もしていました。一方、1980年代にインターネットの研究が始まると、ソニーの中央研究所が当時横浜にあったこともあり、慶応義塾大学の村井純教授が率いるグループやNTTの横須賀研究所などと試験的にネットワークを結びます。やはり、ソニーの技術者の自発的な研究精神は当時から相当進んでいたのだと思いますね。村井教授がうらやましがっていたくらいですから。

 結果的にソニーはすごくたくさんIPアドレスをもっていて、先日ようやく返却しましたけどね。ハードウエアとコンテンツの真ん中にくるネットワークの変化については、先ほど言いましたシンクタンクでもずいぶん研究していたので、1993年ころになると、私も本社ビルでいち早くインターネットを使えるように環境を整備しました。

 こういった環境に身を置くと、見えてくることがあるのです。例えばテレビ。よくテレビにインターネットを接続して「インターネットテレビ」なんて言っていることがありますが、全然意味がない。テレビのCPUはパワー不足で、下り、つまり情報を受信することは十分にできても、上り、つまり情報発信能力はそれほど高くありませんから。

 とはいえ私が社長に就任した1995年ころとは違い、近い将来、テレビが完全にデジタル化してCPUの性能も高くなり、一方、ブロードバンド化がさらに進んで、上りも十分可能になったときには、きっとホーム・サーバみたいなものができて、そこにみなアクセスするようになるんでしょうね。そして、コンテンツもどんどんダウンロードされるようになっていく。

 現在、テレビは「ブロード」キャストですが、私は当時から「今後メディアは小さくなる」、すなわち「ナロー」キャスト、あるいは「パーソナル」キャストになっていくと予測していました。実際、テレビで双方向コミュニケーションできるようになるのは時間の問題ですから、将来的に最も大きく変化する機器はテレビなのではないでしょうか。

 とはいえ、パソコンとテレビは競争しながらも両立していくと思いますね。「もの」には単独(スタンドアロン)で使うものと、何かと合わせて使うものの2種類があるわけです。テレビも一見、スタンドアロンに見えますが、テレビ局がなければ成り立ちません。テレビ受像機というのは、いわば「滝つぼ」みたいなもので、テレビ局が流し込んでくる膨大なコンテンツを受け止め、映像として見せるということが役割なわけです。

 一方、通信がベースとなってスタートしたインターネットの場合は基本的には1対1ですから、テレビとは全然違う特徴を持って発展してきたのです。テレビは、テレビ局が一斉に配信するという点で効率的ですから、いくらインターネットが普及しても、メディアがナローキャストになったとしても、マスメディアとしてのテレビは生き残っていくでしょう。

 これに対してパソコンは、基本的にはデータプロテクションを重視したデータ蓄積機器なのです。記録した過去のデータを一生懸命、壊さないことを目的としているから、立ち上げるにしても時間がかかるし、どうしても操作が難しくなってしまう。誰でも使いこなすというわけにはいかないでしょう。そこでテレビが元気になるわけです。ですから、パソコンとテレビは融合せず、棲み分けていくことになるのではないでしょうか。

 ついでながら振り返ってみますと、これまでで最も大きな変化といえば、やはりネットワークの普及です。このネットワークには「わな」みたいなものがあって、エレクトロニクスのハードウエアの「価値」が2つのものに吸収されるようになった。一つは半導体、そしてもう1つがネットワークなのです。例えば、無線通信網もネットワークの一種で、最初にその価値の中に吸い込まれていったのが携帯電話機というハードウエアです。つまり、無線の世界では巨大なネットワークがハードウエアの価値を吸い込んでいる最中、という状況です。

 しかしながら、日本のほとんどの企業はスタンドアロン・プロダクツにものすごく偏ってしまっていて、何かひずみがある気がします。こういった状況はそう長くは続かないのではないでしょうか。日本はものづくりの概念を変えていかないと危険です。

【西】是非、そこを詳しくおうかがいしたいですね。(次回に続く

本稿は、日経BP社が発行した『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』(田中栄・西和彦著)の発行に関連して行った対談の内容を基に構成したものです。『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』の詳細については、こちらをご覧下さい。


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