トリガ(trigger)とは文字どおり"ある動作"の「引き金」のことである。引き金だから「トリガを[引く]」と言うのかというと,そうではなく,一般には「トリガを,かける[掛ける]」と言う。問題は,何を引き金にしてトリガをかけるか,である。
まずは,<図1>を見て欲しい。とあるビットストリーム(パルス列)の測定例である。
図1:データストリームの波形
もし,この波形を見て,「すごいジッタだ」と考えてしまったとすると,あなたはデジタルのトラブルに少し疲れているので,休養することを勧めたい。
確かにこの信号は大量のジッタを含んでいるように見える。アイも開いていない。だが,目を見開くべきは己の方かもしれない…。
何のことはない。<図1>は,オシロスコープのトリガがかかっていない状態で(正常な)デジタル信号を表示させただけである。したがって波形はフリーラン状態となり,ランダムに流れているように見えている。
きちんとトリガをかければ,ピタリと静止した波形が現れる。そして,信号中の見たい部分を効率的に抽出できる。トリガの使い方次第でオシロスコープの価値は何倍にもなる。
というわけで,今回はオシロスコープのトリガについて解説していきたい。
アナログ・オシロスコープの場合は,トリガによって輝点の掃引(輝点を横方向に等速で移動させる動作)が開始される。もしトリガが与えられなければ,掃引が始まらないから,管面には何も現れない。
一方,デジタル・オシロスコープではトリガの持つ意味が少し異なる。結論から言うと「メモリの記憶動作を停止する引き金」が,その意味である。
そもそも,デジタル・オシロスコープに(アナログ)掃引というものは存在しない。メモリ内のデータを画面に表示しているだけだからだ。
デジタル・オシロスコープではトリガに関係なく信号はA-D変換されメモリに取り込まれている。そして,通常はメモリが満杯になれば古いデータから順に捨てられる。デジタル・オシロスコープのトリガは,このメモリへの書き込み動作を停止させる引き金だと考えると分かりやすい。
例えば<図2>は,冒頭の信号に対して正しくトリガをかけて表示させた波形だが,トリガポイントは画面の左端ではなく,左端から1/3ほどのところに見えるオレンジの三角が表示された時点である。
図2:エッジトリガで捕らえた波形
画面上部,左から1/3ほどの三角マーカがトリガポイント
時間経過から言えば,トリガポイントの右側がトリガ以降だ。つまり<図2>にはトリガされる以前の信号も表示されている。これは,オシロスコープがトリガ以前も信号を取り込んでいたからできることで,アナログにはできない技だ(やろうとすると長大なディレイライン=遅延線が必要になる)。
デジタル・オシロスコープのトリガはメモリへの書き込みを停止させ,静止した波形を表示するためのアクションである。したがって,オシロスコープのトリガ設定は「どのような条件で波形を停止させたいか」を頭の中で記述することが出発点であり終着点でもある。
<図3>に波形の立ち上がり/降下に注目する最も基本的な「エッジトリガ」の設定画面例を示す。
図3:エッジトリガの設定画面例
トリガスロープ(立ち上がり/降下),トリガレベル(何%か),さらにトリガカップリング(AC/DC)を選択する。
トリガレベルについては,波形を見ながらツマミで設定するのも使いやすい。スロープは立ち上がり/降下に加えて,立ち上がりと下がり両方のデュアルスロープが可能なものも多い。デュアルスロープ・トリガはアイパターンを見たい場合などに重宝する。
ちなみに,先の<図2>は冒頭の信号を「立ち上がり」でトリガしたときの波形である。
これに対して<図4>と<図5>は同じ信号を「降下」と「デュアルスロープ(デュアルエッジ)」でトリガしたときのものだ。トリガポイント付近の波形の見え方に注目しながら三者を見比べてみてほしい。
図4:降下スロープでエッジトリガ
図5:デュアルスロープ(デュアルエッジ)でトリガ
繰り返しになるが,デジタル・オシロスコープのトリガはメモリへの書き込みを停止させるアクションである。
このとき注意したいのは,停止した後に再開する(次のトリガを待つ)までの時間だ。本解説シリーズの第三回[フォスファな世界]で説明したとおり,デジタル・オシロスコープでは信号の速度(アナログ帯域)に比べて取り込みの間隔が長い。
したがって,高速信号の場合はトリガを的確に設定したとしても,入力された信号の期間中でトリガ条件に合致した信号がすべて捉えられているとは限らず,ある確率をもって取りこぼしがあることは承知しておかなければならい。
一方,比較的ゆっくりしたパルストレーンやバースト信号などを観測する場合には,[次のトリガが早過ぎる] という反対の現象が起こる。
図6:3連発パルスのバースト信号波形
波形がズレて重なって見える
<図6>は,三連発パルスが繰り返される信号を表示させたものだが,波形が重なって分かりにくい。これは,本来連発するパルスの一発目だけでトリガされるべきところが2発目や3発目のパルスによってもトリガされてしまったことが原因だ。そうした場合は,<図7><図8>で示したようにトリガの後に適当なトリガ禁止区間(ホールドオフタイム)を設定すれば良い。
図7:トリガ・ホールドオフ
波形に合わせてホールドとオフタイムを設定する
図8:適切なホールドオフ設定で捕らえた波形
正しく重なって見える
オシロスコープがアナログからデジタルに変わったことによるメリットのひとつは,トリガ機能が格段に拡張されたことだ。
アナログではエッジトリガのように信号のアナログ的な特徴点でトリガする事しかできなかった。それがデジタル化することで,取り込んだデジタルデータを論理的に識別してトリガすることも可能になり,トリガの種類が格段に増えた。
様々なトリガ条件を組み合わせることによって今や1台で千種類以上のトリガが可能な機種も現れている。
したがって,トリガの達人になるには,デジタル・オシロスコープならではの多彩なトリガ機能を,観測する信号に合わせて自在に選択・組み合わせる能力を身につけることが必要となる。
以下,デジタルとなったことで拡張されたトリガのうち代表的なものを挙げる。
<図9>はラントトリガでの例である。ラントトリガは一連のパルス列の中でハイレベルまで立ち上がりきれずにローに落ちてしまったラントパルス(runt:発育不良)を検出してトリガする。設定は,ソースとなるチャネルと上と下の閾値(threshold lebel)を与えればよい。
図9:ラントトリガ
レベルが設定値に足りないパルスでトリガがかかる
同図では,ch1(黄色)がクロック,ch2(青色)がデータで,ch3(紫色)はそれをフェッチした(はずの)信号である。この例では,データの立ち上がりタイミングがわずかに遅れたためにch3が立ち上がりきれず,小さなグリッジのような形でクロック周期を終えてしまっている様子が見て取れる。
<図10>は同様な信号を「パルス幅トリガ」で捕らえたもの。設定はソースがch3,負極性で39.6ns以上とした。ch3に43nsの信号が発生したことでトリガされた。このトリガ方式は高速なシリアルビットストリームのシンボル間干渉(ISI)を評価する際などにも有効だ。
図10:パルス幅トリガ
設定した時間よりも幅の広いパルスでトリガ
なお,「パルス幅トリガ」は,設定値より幅広いパルスを検出するが,反対に設定値より狭いパルスを検出する「グリッジトリガ」もある。
パルスのパラメータに注目したトリガにはほかに
などがある。
次に<図11>は信号をデータとしてロジック演算でトリガする「パターントリガ」の例である。
図11:パターントリガ
ロジック演算によるトリガ
パターントリガはデータのハイ/ローの論理とチャネル間の論理演算(AND/OR/NAND/NOR)でトリガをかけることができる。この例では二つのチャネルのAND条件でトリガをかけた。
<図12は>4チャネル・オシロスコープのパターントリガ設定画面である。
図12:4チャネル・オシロスコープのパターントリガ設定画面例
オシロスコープでもうひとつ忘れてはならないトリガ機能に「遅延トリガ」がある。
遅延トリガは,AとBふたつのトリガ機能を内蔵する。まず,Aトリガの設定でトリガがかかると,設定された時間遅れ(遅延)を経た後に第二のBトリガ機能が有効となり,あらためてBに設定した条件に達すると最終的なトリガがかかって波形が表示されるものだ。初めのトリガポイントから時間的に離れた部分の波形を詳細に見たい場合などに威力を発揮する。
アナログオシロスコープにもこの機能を持ったものがあったが,デジタルオシロの場合は,トリガ以降でメモリ長を超えた部分の波形を見たい場合などに使う。遅延量は時間だけでなくイベント数などでも設定できる。また,トリガを二つ持っていることから,両者のトリガ条件を個別に設定し組み合わせることが可能である。
<図13>はトリガの発展形とも言えるもので,シリアルデータのパターンを識別してトリガさせたものだ。デジタルでなければ絶対に考えられないトリガである。
図13:パターントリガ
シリアルデータに特定のパターンが現れるとトリガがかかる
高速シリアルデータなどでは規格で定めたマスクを設定して,マスクから外れるとトリガがかかるといったことができる機種もある。