現在,市場に供されているオシロスコープのほとんどは,測定信号をデジタル化して液晶ディスプレイなどに表示するデジタル・オシロスコープである。デジタル化した信号は,いったんメモリに保存されるので,デジタル・ストレージ・オシロスコープ(DSO)と呼ばれることも多い。かつてはアナログのオシロスコープと使い分けられてきたDSOだが・・・・。

元来,オシロスコープは連続する信号,それも同じパターンが繰り返される信号を画面上で重ね合わせることで,波形として「止めて」観るための測定器として生まれた。
別の言い方をすると,単発信号や突発的な現象を捉えるためのツールではなかった。
アナログの時代にも,残光時間の長いCRTを使うことで波形を蓄積するストレージ・オシロスコープは存在したが,あくまで特殊な測定器だった。

これに対してDSOは当初,単発信号や突発的な現象を捉えるための記憶・解析装置として登場した。つまり,通常のオシロスコープの発展形ではなく,読んで字のごとくストレージ・オシロスコープのデジタル版として位置づけられていたわけだ。

現在でもDSOのストレージ機能を活用するチャンスは多い。例えば,高速シリアル信号の一部でデータの欠落やノイズの混入がある場合,その瞬間を捉えるにはストレージ機能を使う以外に手はない。

図1
図1:DSOで捉えたパルスの波形異常
一瞬の異常はストレージ機能がなければ捉えられない

一方,デジタル・オシロスコープがこれほどまでに普及したその訳は,DSOが単発信号や突発的な現象解析のためのストレージ機能だけでなく,CRTを使った従来のアナログ・オシロスコープと同様に連続する信号を観測するアイテムとしての性格を強め,さらにアナログのオシロスコープを凌駕する機能と性能を備えるようになったからである。

下の<図2>は,ビデオ信号をアナログのオシロスコープで観た時のものである。水平同期信号でトリガをかけることで,各ラインの映像信号が重ね合わせで見える。カメラで捉えた映像などでは絵の動きに合わせて映像信号部分が動いて見える。

図2
図2:アナログ・オシロスコープで観測したビデオ信号
絵の動きに合わせて映像信号部分が動いて見える

これに対して,<図3>はDSOで取り込んだ[記憶-再生]波形である。同図は取り込んだ信号全体を(データを間引いて)表示したものだが,メモリには高分解能で記憶されているので拡大表示すれば細部まで読み取れる。ただし,DSOには単発の現象として取り込まれるから,信号がダイナミックに変動する様子は観測できない。

図3
図3:DSOに取り込んだビデオ信号波形1
波形の細部を読み取るには都合がよい

多くのDSOでは<図4>の例のような重ね書きができる。重ね書きの際に徐々に輝度を変えてゆくパーシタンス処理ができるものもある。これらによって変動の範囲を知ることができるが,静止した波形であることに変わりはないので,アナログのオシロスコープで観測した時の感覚とは異なったものになる。

図4
図4:DSOに取り込んだビデオ信号波形2
重ね書きもできるが,アナログ・オシロスコープとは表示感覚が異なる

アナログとデジタルには従来からこうした違いがあったのだが,ここで<図5>を見てもらいたい。これはは同様のビデオ信号を,高速更新機能などを持ったデジタル・オシロスコープで観測したものだ。

図5
図5:DPOで観たときのビデオ信号波形
輝度階調を持つうえ,信号が変動する様子もアナログ・オシロスコープと同様に捉えられる

動画で示せば分かりやすいのだが,アナログのオシロスコープ同様の輝度階調を持つうえリアルタイム性に優れ,信号が変動する様子もアナログ・オシロスコープと同じ感覚で表現される。一部の測定器メーカーは,こうした機能を持つDSOを 「デジタル・フォスファ・オシロスコープ」(以下,DPO)と呼び,通常のDSOと区別しているようだ。ちなみに,DPOのフォスファ(Phosphor)とは,アナログ・オシロコープのCRTに使用される「蛍光体」のことである。

図6
図6:DPOの例
Tektronix DPO4000シリーズ

DPOがDSOと決定的に異なる点は,DSOが振幅と時間という2次元の情報しか持たないのに対して,DPOは振幅,時間に加えて [振幅の時間分布(頻度)] という3次元の情報を持っていることである。
DPOでは波形の頻度情報(発生からの経過時間を含む)を輝度もしくは色によって表現する。アナログのオシロスコープはCRT蛍光体の残光性によって頻度情報を表現していたが,これをデジタルの頻度情報に置き換えたわけだ。

さらに,DPOはDSOでは見えなかった信号まで見えるというメリットをもたらした。
例えば,<図7>はノイズを含んだ高速のデジタル信号をDSOで捕捉した波形である。分かりやすくするために,波形の左に振幅のヒストグラムを青い山の形で表示させた。

図7
図7:DSOで捉えた高速デジタル信号
画面左の青い山形は振幅のヒストグラム

次に<図8>は同じ信号をDPOで表示したものだ。頻度が色で表現されたおかげで,ノイズと信号の大きさの違いを感覚的に把握することができる。こうしたことはノイズの影響など信号の品質を統計的に考える必要がある場合に極めて重要である。
<図9>にはシリアルデータの信号をアイパターンのマスクと合わせて表示させた例を示す。

図8
図8:同じ信号をDPOで観測した場合
頻度が色で表現されることで,ノイズと信号の量やばらつきを把握できる

図9
図9:DPOによる高速信号のアイパターン
シリアルデータの信号をアイパターンのマスクと合わせて表示させた例


もうひとつ,見えなかったものが見える例を示そう。
<図10>は信号の立ち上がり部分をDSOで捉えた波形である。立ち上がり時間などのトランジェントを測定するにはこれで事足りる。

図10
図10:DSOによる方形波の立ち上がり測定
DPOでも同じ測定ができるのはもちろんだ

一方,<図11>は同じものをDPOで捉えた波形だ。赤と黄色の部分から,波形のばらつきを読み取ることができるのが分かると思う。

図11
図11:同じ信号をDPOで観測した場合
DSOでは見えなかった信号(青色のトレース)が現れた

だが実は,<図10>で注目すべきは波形の両端に現れている青色のトレースなのである。
このDPOでは青色は頻度が低い,つまりまれに現れる信号であることを示している。
つまり,一見同じ繰り返しに見えたこの信号には,青色のトレースで示された不要な振動が希に発生していたことが発見できたのである。

DSOによる測定では,こうした事象がまれに起こったちょうどその瞬間にトリガされる「幸運」に恵まれない限りこの信号欠陥は発見できない。また,アナログ・オシロスコープでは一般に残光が足りず,気がつくことはないだろう。むろん保存して解析することも不可能だ。

<図12>は同様に二つのデジタル信号のうちの片方のレベルがまれに異常となる現象を捉えた例である。見えなかった突発的・間欠的異常がハッキリと浮かび上がっている。

図12
図12:DPOでの測定例
見えなかった異常がハッキリと浮かび上がっている


アナログ・オシロスコープ,DSO,それにDPOの三者を比較する上でもう一つおさえておきたいのは,信号の更新頻度である。

アナログ・オシロスコープであれば,トリガ信号(autoを含む)で輝点の掃引を開始し,輝点が管面の右端に達した後,左端に戻って次のトリガを待機する。DSOとDPOではトリガ後に取り込み用のメモリが満杯になった時点で表示・解析のための処理が行われ,終了した時点で次の取り込みに備える。

いずれにしても,オシロスコープへの信号の取り込み(画面に表示される波形)は間欠的であって連続した信号を反映したものではないことに注意を払う必要がある。
特に最近の高速信号では画面上の時間幅(s/div)が短いため,取り込んでいる時間に対して取り込みしていない時間の幅が無視できなくなっているからだ。高速信号の場合,実際には長い信号の一部分ずつを飛び飛びに切り取った結果を重ねて観ているのである。
特に,DSOでは内部処理が直列になっているため,信号を取り込む更新の頻度を上げることが難しく,信号のごく一部で発生している異常部分などを取りこぼす可能性がある。<図13>

図13

図13:DSOのデータ取り込み
DSOはデータを取り込む時間間隔が広い
黄色が測定信号,緑の枠が取り込み範囲とすると,赤で示した波形の異常部分を見逃す

これに対してDPOでは,並列的な内部処理が行われており,信号の更新頻度はDPOに比べてはるかに高い<図14>。
実際,最高で毎秒40万回といった更新が可能な機種もある。メモリ長にもよるが,結果的な信号の捕捉率は格段に高まる。

図14
図14:DPOのデータ取り込み
DSOに比べて更新頻度が高いので,異常を捉える確率が高い

以下にDSOとDPOの内部構成の違いを示す。

図15
図15:DSOの内部構成
直列的なデータ処理のため,データを取り込む間隔が長くなってしまう

図16
図16:DPOの内部構成
データの取り込みと処理・表示が並列に行われるためデータを取り込む間隔を短くできる