最近のデジタル・オシロスコープの機能・性能向上は著しいものがある。超高速のハイエンド機はもとより,低価格の入門機であっても,見たい波形を確実に,正確にとらえる能力を備えている。こうしたこともあって,オシロスコープに表示された波形を鵜呑みにする失敗を犯すことがある。オシロスコープは,設定された条件で入力された信号を正しく表示する。同様に,入力信号に対してふさわしくない条件設定をした場合は,ふさわしくない波形が「正しく」表示されることも知っておくべきだ。

<図1>は方形波の立ち上がりをオシロスコープで観測したものである。
400ns/divの時間軸で観測しているが,オーバシュートやリンギングのないきれいな立ち上がりをしており,その振幅は管面から5.74Vであることが読み取れる。

図1
図1:方形波の立ち上がりの観測例
振幅は管面から5.74Vであることが読み取れる。

ところが,この測定結果は10%以上の誤差を含んでいる。
図1の波形を見ただけでは分からないが,実際の振幅は5.16Vである。


なぜこのような誤差が生じるのか。その種明かしが<図2>だ。
図2は,図1の信号に対して時間軸の設定を1/1000 (400μs/div) にして観測したものである。
図2の波形を始めに見ていれば,たいていのエンジニアはプローブの補正ができていない可能性に気づくだろう。
そして,プローブをオシロスコープのCAL端子に接続して波形が正しい方形波に見えるようにトリマを調整するはずだ。
その後に,振幅を測定すると波形の振幅は5.16Vになる,というわけである。


図2:時間軸設定を1/1000にして観測した波形
大きなオーバシュートが見られる

実は,図1と図2はいずれも調整前の1:10のパッシブプローブでオシロスコープのCAL信号を観測している。
図1では時間軸を400ns/s,図2は400μs/divにセットした。
図1は大きなオーバシュートの前縁部分が「正しく」表示されているのだが,プローブが正しく調整されているという思いこみがこれに重なり,方形波全体の波形を見ていると勘違いしてしまったわけだ。
プローブのチェックは,オシロスコープの「始業点検」のようなものだが,慣れている人にとっても意外な落とし穴になることがあるので注意したい。


次に,<図3>は,正弦波信号をデジタル・オシロスコープで表示した例である。
一見,正しい正弦波に見える。
だが,オシロスコープに慣れた技術者であれば,波頭が不揃いで「どこかおかしい」ことに気づくかもしれない。


図3:正弦波信号の表示例
ぱっと見には正しい表示に見えるが…

図3は,サンプリングの密度が足りないデータをサイン補間して得た波形なのである。
ちなみに,同じデータを直線補間で表示させたのが<図4>だ。
こちらを見れば,明らかにサンプリング点数(サンプル速度)が不足しているのが分かるだろう。


図4:同じデータを直線補間で表示させたもの
信号に対してあきらかにサンプリング点数が不足している

図3と図4は,共に信号の周波数は1kHzに対して2.5kS/s(キロサンプル/秒)でサンプルしたものだ。
正弦波の1周期に対して2.5点のサンプルだから,ナイキストの周波数はかろうじて超えているものの,波形観測という点ではまだ足りず,信号の持つ情報を十分に再現できていない。
これに対して<図5>は1kHzの正弦波を5kS/sでサンプルしサイン補間した波形である。
正弦波がほぼ正しく見えている。
ちなみに直線補間では正弦波周期に対して5倍のサンプリングでも正弦波として認識できない。


図5:5kS/sでサンプルし,サイン補間した波形
正弦波がほぼ正しく見えている。

一方,<図6>は方形波を観測したものである。
上が全体像,下は立ち上がり部分を拡大して表示させたものだ。
方形波の周波数は1kHz,これに対してサンプリングを125kS/sとした。


図6:方形波の観測
上が全体像,下は立ち上がり部分の拡大表示
(周波数:1kHz,サンプリング:125kS/s 直線補間)

方形波の繰り返しに対して125倍のサンプリングだから,十分な速さに思える。
だが,この場合,信号の立ち上がり時間に対しては不足している。
特にこの例のように直線補間して表示させた場合は不足の影響が強く表れ,実際の立ち上がりよりもずっと遅いと思いこんでしまうことがある。
実際,同じ信号を5GS/sでサンプリングし,サイン補間した<図7>と比べるとその差は歴然としている。


図7:同じ信号を5GS/sでサンプリングし,サイン補間した波形
立ち上がりが正しく再現された

これまで見てきたように,プローブの調整や信号に対するオシロスコープの設定が不適切だと,本来観測すべき信号とは別の姿の波形を見てしまうことがある。
いずれの場合もオシロスコープ自体は「正しく」波形を表示しているわけだから,測定者は波形に見入る前に,まずチェックしておきたい。