金型を「学問」として採り入れようとする動きが日本の大学にみられる。2007年6月19~20日に開催された「型技術者会議2007」(大田区産業プラザ)の特別セッション「大学における金型教育の導入・実践」では,教育現場の状況に関する報告が寄せられるとともに,大学での金型教育の在るべき姿が議論された。現場と理論のバランスがカギになるようだ。

 同セッションではまず,ぐんま産業高度化センター(本社群馬県太田市)代表取締役社長の齋藤勝政氏が講演。今,なぜ大学において金型教育を実施する必要があるのかを語った。同氏によれば,20世紀は「物質文明であり,人工物や形式知が重要視された」のに対し,21世紀は「知識文明に移行し,自然物や環境との調和,暗黙知が重要視される」という。形式知が物理学や数学により明確に表現できるのに対し,暗黙知は「隠れた知識」である。生産現場で蓄積された金型に関する知識は典型的な暗黙知であり,これまで十分に活用されてきたとはいえない。だが,ものづくりが今後も発展していくためには,金型を学問(あるいは科学)として体系化していく必要があり,今がまさにそのタイミングなのだという。

 金型を学問として確立するためには,その特性を十分に理解しなければならないと,齋藤氏は指摘する。その特性とは,(1)金型技術は現場で育った(2)金型技術の基礎は「転写工学」にある(3)金型は「転写工具」(4)金型技術は「水平型」(5)金型技術は大部屋での教育に向く(6)包括的マネジメントが不可欠――ということである。(4)は,金型が機械工学や材料工学,一般力学,熱・流体工学,精密加工法,精密測定法などさまざまな工学の蓄積の上に成り立っているという意味。(5)は,研究者や設計者,技能者などが一堂に会して議論できるような環境においてのみ,金型技術はより進歩するという意味だ。

 そして大学教育の役割とは,金型の設計・製造に関する知識はもちろん,その知識を有望なビジネスに生かせる「技術者であり,経営者でもある人材」の育成だと,齋藤氏は主張する。

 こうした期待の一方で,大学教育の現場では金型を扱うに当たりさまざまな課題を抱えているようだ。

 例えば,大学院工学研究科に金型・鋳造工学専攻(博士前期課程)を新設した岩手大学では当初,「教育主体の新専攻を設置することは,大学教育の根幹にかかわるため簡単には受け入れられない」「学生や教員をどのように確保するのか」といった批判が学内にあったという。

 さらに「目的」の問題もある。大学教育であるからには,それなりの意義が必要だ。特定の企業ばかりを利するような(金型メーカーに“即戦力”を送り込むのが目的であるような)機関では,地域社会や国家(文部科学省)に受け入れられにくい。しかし,金型は現場発の技術なので,大学教育でも企業の協力は不可欠。実際には,現場実習やインターンといった形で地域の金型メーカーなどが協力する。産業界の意向は無視できない。

 従って,地域社会・国家も産業界も納得できるような形を探りつつ,育成すべき人材のイメージを明確にするといったアプローチが,大学では採られている。前出の岩手大学大学院の場合,東北経済産業局が実施したアンケートの結果を基にして「東北地域で斬新的イノベーションを行うために不足している人材」のイメージを特定。企業の現場の実態を考慮し,具体的な活躍の場が想定可能な人材の育成を目指している。

 金型を含めた広範な生産技術を扱う「生産システム工学専攻(大学院)」「生産システム工学科」を2007年4月に新設した群馬大学の場合,教育目的として「産官学連携を推進するための人材インフラの供給」を重視しているという。同大学でも「大企業の下請け」になることを懸念しており,社会的に意義のある目的を強く意識している。生産システム工学専攻や生産システム工学科のある太田市には,オギハラや宮津製作所といった大手金型メーカーの拠点もあるため,産官学連携による研究開発が活発になることを期待しているようだ。これらの企業から社会人学生を集めることにも積極的である。

 九州工業大学は,経済産業省が推進している「産学連携製造中核人材育成プログラム」に従い九州に拠点を置く自動車メーカーと連携しつつ,金型の設計・製造に関する教育カリキュラムの確立を目指しているところだ。九州には,古くからある日産自動車に加え,トヨタ自動車やダイハツ工業が進出。2003年2月に「北部九州自動車100万台生産拠点推進会議」が結成されており,金型を含めた生産技術に長けた人材の育成ニーズは地域社会にも存在する。大学が金型教育を行うにはうってつけの環境が整っているといえる。前出の人材育成プログラムは2008年度に終了するため,その後は既存の大学院専攻科で金型技術が学べる体制を構築する予定だという。