株式会社アクアビット
代表取締役 チーフ・ビジネスプランナー 田中 栄

 私たちは、『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』をまとめるにあたり、マーケット・プレイスを家庭、自動車、職場、モバイル環境の4つに分け、それぞれで中心となる「デジタル・テレビ」「カーナビゲーション」「パソコン」「携帯電話」という4つのデバイスが、ネットワーク化に伴うデジタル・コンバージェンスによって、どのように変化していくかを予測しました。今回は、デジタル・テレビとパソコンの未来予測について、かいつまんで説明させていただきます。

デジタル・テレビとデジタル放送

 テレビの歴史はすでに半世紀に及んでいますが、この10年の間に、テレビ業界では、業界始まって以来の最大の変化が訪れます。

 これまでのテレビ受像機は、放送を見るための機器でした。ところが、デジタル化、ネットワーク化によって、単なる放送を見るためのデバイスではなくなってきています。家庭ではすでに、テレビはゲーム機やデジタル・ビデオ・レコーダーとつながっていますが、今後は音楽を聴く、ストリーミング映像を見るといった用途にもどんどん使われるようになるでしょう。テレビがさまざまなサービスやコンテンツを受け、保存するための貯蔵機となり、かつ多目的のディスプレイになっていくのです。今後、高速無線通信が一般化していけば、高音質の音楽やハイビジョン映像を、家の中の離れた場所にある映像機器から別の場所にあるモニター画面などに無線で送信し、楽しむといったことが簡単にできるようにもなります。

 放送に関していえば、過去から現在に至るまで多くの放送局は、スポンサーから広告宣伝費をもらい、顧客には番組を無料で提供するというビジネスモデルを採用してきました。ところが、このビジネスモデルには問題がありました。情報を一方的に発信することしかできないため、スポンサーは、CMによる費用対効果を測定することが出来なかったのです。もちろん、メインとなる顧客にターゲットを絞って発信するといったこともできません。

 確かに、テレビが家庭に入り始めた工業化社会の時代であれば、マスメディアを利用し、マスに向けて商品の宣伝を行うというのは、相当に効率的なマーケティング手法だったかも知れません。しかし、市場が成熟化し顧客のニーズが多様化している現在においては、このビジネスモデルはだんだん時代に合わなくなってきています。それに替わってここ数年、注目を集めているのがインターネットを使った広告宣伝です。最大のメリットは、顧客が実際に見たということがはっきりと数値で把握できること。双方向なので顧客のクリックが商品購入にどの程度結びついたかも確実にわかります。

 今後、デジタル化とネットワーク化によって、双方向性を備えたデジタル・テレビが広く一般に普及していけば、従来のようなビジネスモデルが成立しなくなることは明らかでしょう。その大きな契機となるのが、2011年のアナログ放送の廃止です。これをにらみ、ケーブルテレビ事業者はすでに光ファイバーをベースにした「トリプルプレー」のサービスを開始しています。トリプルプレーとは、「映像配信」だけでなく、「IP電話」「インターネット接続」の3つを一括で提供するサービスのことです。

 さらに最近は、トリプルプレーの3つのサービスに、セキュリティを加えた「クワトロプレー」と呼ばれるものも登場しています。企業では、情報システムのプロフェッショナルがネットワークの管理を行っていますが、家庭ではそうもいきません。そこで、パソコンのファイルやサーバーの管理、インターネットセキュリティの管理などを、トリプルプレーを提供している企業が受託するのです。こうすれば一般消費者は、企業と同じように、常に情報システムのプロを抱えているような安心感でネットワークを利用できるようになります。このような、現在のテレビとはまったく無関係にみえるサービスが、現にテレビ関連の企業によって始められているのです。今後は、さらに業界の垣根は低くなり、無関係と思われていた業界からの新規参入者がどんどん増え、競争が繰り広げられることになるでしょう。


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パソコンとネットワーク

 職場におけるデジタル・ネットワーク機器の中心は何と言ってもパソコンです。多くの業界で、ネットワークなくして業務は成り立たないという状況を呈しており、すでに職場ではデジタル・コンバージェンスが起こっていると言えます。

 もちろん、これが終着点ではありません。企業では、ネットワーク利用の拡大に伴って、顧客情報の漏洩など情報セキュリティに関するリスクが増大しています。そのため、セキュリティの強化が大きな課題になってきており、今後ともこれに対応したコンピュータ技術に注目が集まることでしょう。例えば現在、企業が頭を抱えている深刻な問題として、サーバーなどへの攻撃の高度化や、スパムメールの急増があります。それに対処するには、専門家を雇うなど膨大なコストをかける必要があり、とても対処し切れなくなってきているのが現状です。個人についても事情は変わりません。単身世帯、高齢者世帯が増えていく中、個人向けのセキュリティ・サービスのニーズは確実に高まっていくでしょう。

 では、セキュリティのためのソリューションとしては、どういったものが考えられるでしょうか。現在、企業では、在宅勤務者、派遣社員などの非正社員が社内ネットワークにアクセスするケースが増えてきており、ネットワーク環境が多様化しています。こういった状況下でのセキュリティ確保のために、「ネットワーク・コンピューティング」に注目が集まるでしょう。各クライアントのパソコンにデータを保有するのではなく、高いセキュリティの下で、専門業者がデータを一元管理するのです。簡単にいえば、パソコンに搭載されているデータ格納用のハード・ディスク装置(HDD)を、外部の安心な企業に預けてしまうわけです。

 もともと、ネットワーク・コンピューティングは、ネットワーク化されたコンピュータを効率良く使うという目的で考案されたものでした。パソコン1台1台ではなく、トータルで企業のコンピュータの処理能力を上げようというわけです。今後は企業を中心に、コストの最適化を目的にこの考え方を一歩進めたユーティリティ・コンピューティングに注目が集まることでしょう。


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 コンピュータの歴史はもはや数十年に及んでいますが、今まで企業のIT化はコンピュータ・メーカーの主導で進められてきました。ハードウエアの性能が向上するたびに機種交換が行われてきましたし、システムがバージョンアップするたびに、業務ノウハウをシステムに合わせて作り変えるといったことも行われてきました。

 確かにハードウエアやシステムは、技術の進化に伴って、バージョンアップする必要があります。しかし、その上に載っているアプリケーションというものは、ハードウエアやシステムがバージョンアップしたからといって変わるものではありません。企業の価値の本質が情報そのものであったり、業務を行うためのノウハウそのものであったりする場合、今やそれがデータファイルやアプリケーションそのものになっている可能性があります。実際、企業には、すでに相当な量のデータ資産やアプリケーション資産が蓄積されており、気付くと、それらが、企業にとって大きな利益をもたらす源泉になっているのかも知れないのです。

 それなのに、社内のコンピュータの入れ替えやバージョンアップを行うたびに、今まで蓄積してきた膨大な量のデータやアプリケーションを破棄してしまってよいのでしょうか。考え抜かれ、出来上がった業務ノウハウというものは、ハードウエアやシステムがバージョンアップしても、効率良く移植されるべきでしょう。こうしたことから、最近は従来のスクラップ&ビルドという考え方に対し、「マイグレーション」という考え方が浸透しつつあります。マイグレーション・サービスとは、一定のルールの下、効率良くデータやアプリケーションを移植すること。近い将来にも、こうしたサービスを総合的に提供する新たな企業が出現するでしょう。


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 このマイグレーション・サービスの出現に伴い、脚光を浴びてくるのが、「メディア変換サービス」です。今後、映像や音声を中心に、様々なフォーマットが出てきます。新たなフォーマットを採用した場合、従来のデータを新しいフォーマットに変換しなければならなくなります。従来の映像を、短時間でデジタル化し、すばやく配信したいといったニーズも出てくるでしょう。これに対応し、メディア変換やファイル形式の交換を請け負う専門事業者が、今後は脚光を浴びてくるのではないでしょうか。


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本稿は、日経BP社が発行した『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』(田中栄・西和彦著)に収録したDVDの要約と同レポートの本文中に掲載した図版の一部によって構成したものです。『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』の詳細については、こちらをご覧下さい。

著者プロフィール

田中栄
1966年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。株式会社CSK入社。社長室企画部にて、故・大川功会長の独自の経営理論や経営哲学を学ぶ。1993年、草創期のマイクロソフト株式会社に入社。WordおよびOfficeのMarketing責任者として「一太郎」とワープロ戦争を繰り広げ、No.1ワープロの地位を確立。1998年春よりビジネスプランナーとしてマイクロソフト日本法人全体の事業戦略・計画立案を統括。2002年12月、独立のため同社を退社。株式会社アクアビットを設立。