産業技術総合研究所(産総研)は,水や有機溶媒,イオン液体をわずかな量でゲル化する有機電解質オリゴマーを開発した。電池やキャパシタの電解質として利用できる。加えて,新開発のゲル化剤は,本来水に溶けない単層カーボン・ナノチューブ(SWNT)を可溶化する効果もあり,SWNTと組み合わせた炭素構造材料としての用途も見込める。

 寒天やゼラチンに代表される天然のゲルは,その機械的・化学的性質からさまざまな分野での活用が期待されているが,酸性条件下で分解してしまう,機械的外力により壊れるとゲル状態に復帰するまでに時間がかかる,イオン液体に溶解しない,などの欠点がある。こうした欠点を解消し天然ゲルの長所を採り入れた合成ゲルの開発も進んでいるが,合成には多くの工程が必要なため,大量生産に向かないという状況がこれまであった。

 産総研では,一般的なゲル化のメカニズムである「分子に水素結合や静電相互作用のような比較的弱い相互作用をする官能基を組み込むと,それらの分子が組織体を形成し,その際に周辺の溶媒を取り込み固まる」現象に着目。分子内に,水素結合やπ-π相互作用,静電相互作用を持つ部位を導入した「有機電解質オリゴマー」をごく簡単に合成する方法や,水だけでなく有機溶媒やイオン液体もゲル化するためのメカニズムの研究・開発に取り組んでいた。

 今回の研究・開発において産総研が採用した物質は,4-アミノピリジンと4-クロロメチル安息香酸クロリドで,いずれも安価に市販されているもの。有機塩基(トリ・エチル・アミンなど)の存在下,有機溶媒中で両物質を反応させると,まずアミド化,次に分子間で事故縮合反応が発生(図1)。電解質構造を持つ有機電解質オリゴマーが得られた(図2)。この有機電解質オリゴマーは,溶媒中に析出する粉末をろ過するだけで得られ,特殊な精製手段は不要だという。


図1●反応式(クリックすると別画面で拡大表示します)


図2●得られた有機電解質オリゴマーの粉末

 この有機電解質オリゴマーを分子量測定したところ,有機電解質単位分子が3~30程度連結したものであることが判明。粉末を1重量%の濃度になるように水に加え,過熱・溶解させた後,室温で放置するとハイドロゲルが生成した(図3)。前述の通り,天然ゲル化剤は酸性領域においてハイドロゲルを生成できないが,新開発の有機電解質オリゴマーを使うとpH1までの酸性水溶液(塩酸溶液やリン酸溶液など)もゲル化できる。さらに,中性の水で生成したゲルは,機械的外力によって構造がいったん破壊されても,外力を取り除くとゲルの強度が復帰した。


図3●得られたハイドロゲル(有機電解質オリゴマーの濃度は1重量%)

 今回合成した有機電解質オリゴマーの陰イオンは塩素イオンだが,これを別の陰イオンに容易に変換することも可能。陰イオンを変換することで,水だけでなく各種有機溶媒やイオン液体もゲル化できる(図4)。イオン液体のイオン伝導度は,粘性と密接な関係があり,一般には粘度が高くなるほどイオン伝導度は低下する傾向にある。しかし,今回の有機電解質オリゴマーで得られたイオン液体のゲル(イオンゲル)のイオン伝導度は,粘度が上昇しているにもかかわらず,ゲル化前とほとんど変わらないことも分かったという。


図4●リチウム塩を添加したイオンゲル(左)とアンモニウム系イオンゲル(右)

 さらに,この有機電解質オリゴマーとSWNTを水に加えた場合,有機電解質オリゴマーが分散剤の機能を果たし,SWNTを水中にて孤立分散させる。このSWNT分散水溶液にキャスト法やスピンコート法を適用することでSWNTの薄膜化が可能なほか,SWNT分散水溶液中の有機電解質オリゴマー濃度を高くしていくことで,SWNTが孤立分散したハイドロゲルも作製できる(図5)。


図5●SWNT分散ハイドロゲル

 産総研は今後,この有機電解質オリゴマーから生成できるハイドロゲルやイオンゲルの具体的な応用事例を確立していく予定。例えば,ハイドロゲルに関しては酸性廃液処理用の固化剤や衝撃吸収剤といった用途,イオンゲルに関してはイオン伝導度を保持できることから色素増感太陽電池や電気二重層キャパシタの電解層といった用途を開拓する。さらに,SWNTの分離・精製やSWNTを含む構造材料への応用可能性も探っていく。