3個の量子ビットを連結した素子。素子はAl(アルミ)の薄膜などから成る。中央の量子ビットは,可変結合器として利用する。
3個の量子ビットを連結した素子。素子はAl(アルミ)の薄膜などから成る。中央の量子ビットは,可変結合器として利用する。
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1ビット操作,2ビット操作,1ビット操作の3ステップを実行
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 NECは量子コンピュータの実現に向けて,複数の量子ビットをオン/オフが可能な可変結合器で接続したシステムの実証に世界で初めて成功した,と発表した。各量子ビットの寿命となるコヒーレンス時間が,量子ビットの結合時に大幅に劣化しないのが特徴で,原理的には数十個の量子ビットからなるシステムの構築が可能になったという。NECは今回の成果を米国の学術雑誌「Science」の2007年5月4日号に掲載した。

 NECのシステムは,ジョセフソン接合素子を用いた磁束型の量子ビットを3個連結したもの。これを20mKという極低温で動作させる。各量子ビットは1辺が数μmの大きさで,NECが2004年に発表したものと基本的に同じである。ただし今回のシステムでは,量子演算子は両端の2個だけで,中央の量子ビットは,両端の量子ビットの可変結合器,または2ビット操作時のマイクロ波の受信器として利用する。

 各量子ビットは,特定の波長のマイクロ波を印加することで初期状態を「0」か「1」に設定できる。可変結合器は,やはり特定の波長のマイクロ波がある場合はオン,ない場合はオフになる。しかもオンの場合は,マイクロ波の波長を選ぶことで相互誘導現象を通して「00」から「11」などに状態を遷移させる2ビット制御を実現する。今回は「double C-NOT(2重制御否定)ゲート」のビット制御を実証できたという。

 さらにこのシステムを利用して,3ステップのビット制御を実行できたという。具体的には,まず2個の量子ビットのうち1個をビット制御し,次に結合をオンにして,2ビット制御を実行,そして結合をオフにして1ビット制御を行うというもの。「予測通りの出力結果が得られた」(NEC)。

量子コンピュータの研究は「デバイス」から「回路」に

 NECはこの開発を,これまで各種の量子ビットの開発が中心だった量子コンピュータの研究を世界で初めて「回路レベル」に引きあげるものと位置づける。その理由として,(1)今回の結合器が「可変」,つまりオン/オフが可能であるため,1ビット制御と2ビット制御を同じ回路構成で実現できる,(2)結合器自体も量子ビットであるため,量子ビットの数をさらに増やす場合にも,量子ビットを単純に増やしていくだけで回路規模を拡大できる,などの点を挙げる。

 従来,複数の量子ビットを連携させて動作させる「量子もつれあい(エンタングルメント)状態」にするとコヒーレンス時間が極端に短くなってしまう課題も大幅に改善したという。その理由は「可変結合器を用いる今回の構成では,ビット操作時に外界の雑音の影響が現れにくい量子ビットの状態を選べるため」(NECの蔡氏)。

 ただし,それでも「N個の量子ビットを結合した場合は,コヒーレンス時間は1/Nになる」(同氏)という課題は残る。このため,現在のスーパー・コンピュータの性能を超える量子コンピュータを作るには,「1~2個の量子ビットのコヒーレンス時間を大幅に伸ばすことが必要になる」(NEC)という。

 具体的には,スーパー・コンピュータの性能を超えるには30~50個の量子ビットからなるシステムが必要になる。ところが,現状ではジョセフソン接合素子を用いた量子ビット1個のコヒーレンス時間はまだ最大で3μs程度にすぎない。「動作周波数」となる量子振動の周波数は20MHz前後であるため,1個の量子ビットで60回程度の演算処理しかできない。これが50個の量子ビットのシステムで1/50になってしまうと満足な演算処理ができないことになる。「なにが量子ビットのコヒーレンス時間を決めているのかまだよく分かっていない。原因が分かれば対処のしようはあるだろう」(蔡氏)。