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国公立の研究所や大学は私たち一般の民間人には敷居が高かった。例えば宇宙開発事業団,文科省航空宇宙技術研究所,文科省宇宙科学研究所。名前を聞いただけで緊張する。その三つが合体したJAXAが「技術移転大歓迎」の姿勢を見せている。彼らも独立行政法人になって営業マインドが出てきたのだろう。それを活用しない手はない。

 「これはNASA(米航空宇宙局)の技術を応用したもので…」。通信販売などによくある文句だ。本当かどうかは怪しいもんだけど,こんなイメージができているということは,NASAが民間への技術移転をうまくやってきた証拠だよね。NASAは本当によくやっている。あれだけ民間に役立っていれば「人類を月に送るなんて壮大な無駄使いだ」なんて言ってた人たちも黙っちゃう。

NASAには負けられない

 「日本のNASA」に当たるJAXA(宇宙航空研究開発機構)も,この路線を進み始めたようだ。独立行政法人になって,開発した技術の社会還元に熱心になっているんだ。技術移転のために産学官連携部という部署ができた。資料を公開し,相談のための部屋までつくった。その一つの成功例が有機廃棄物の連続処理装置。2004年6月,JAXAがカラサワファイン(本社さいたま市)という会社にこの技術の実施許諾をしたことを発表した。

 この技術,JAXAが手掛けるだけあって,もともとは宇宙で人間が生きるために食料,水,空気を供給するものだった。今のスペースシャトルでは,この三つをすべて地球から持ち込む。今は1週間程度だからよいが,人間1人が1年間暮らすと,この三つを合わせて11tも使う。これを宇宙に打ち上げれば,その運賃は恐ろしい額になる。月面や火星に基地ができたときに,これではたまらない。

 JAXA(当時は航空宇宙技術研究所)総合技術研究本部宇宙先進技術研究グループ主任研究員の小口美津夫さんはこの問題に取り組んでいた。人間は使った食料,水,酸素と同じ質量の排せつ物,水,二酸化炭素を出す。だから,排せつ物,水,二酸化炭素から水,酸素を作って循環させればよい。

米国と違う道を行く

 米国では生物の力を借りてこの循環をつくろうとしている。人間が出した排せつ物や二酸化炭素を使って植物を育て,食物と酸素を作る。地球の生態系と同じことだね。

 これに対して小口さんは,生物でなく,物理化学を使って循環させることを考えた(図1)。考え方は1930年代からあるんだよ。パルプの廃液を処理する方法としてね。廃棄物を300℃,100気圧の水の中で分解する。これだけではアンモニアや酢酸などの有機物が残るから,酸化チタンにルテニウムなどをコーティングした触媒を使ってさらに分解する(図2)。生物では何カ月もかかる処理を30分とか1時間のオーダーで済ませてしまう。

 そこそこ基礎研究も進んだ。しかし,月や火星に基地を造るという話は一向に具体化しない。これでは研究は行き止まりだ。


図1●循環システム

地上と同じことを宇宙空間で実現する。


図2●循環システムから取り出したサンプル

左から原料であるウサギのフン,分解溶液,触媒,触媒処理の済んだ分解溶液。無色透明だが,まだ無機栄養塩類があり,水耕栽培の肥料に使える。