飛んだ———! 朝もや煙る桶川飛行場(埼玉県桶川市)に拍手と歓声がこだました。2006年7月16日,松下電器産業と東京工業大学は,市販乾電池を動力とした有人飛行に世界で初めて成功した。

 ちょうど半年前の2006年1月16日,松下電器は東工大と共同で,同社のNi-Mn電池「オキシライド電池」を動力とした飛行機を製作し,人を乗せての飛行を目指すと発表した(Tech-On!関連記事プロジェクト公式サイト)。そして2006年4月上旬に飛行機が完成。5回の飛行実験を経て,日本航空協会に公式記録として申請するための飛行記録会を,このたび実施したもの。

 日本航空協会が定める公式記録の要件には,推進力が電池のみであることが盛り込まれており,助走の際に人が手で押した場合は公式記録にならない。この規定がプロジェクト・チームを苦しめることになった。記録会1日目の7月15日,チームは4度の離陸に挑戦しながら,1度も機体を浮かせることができなかった。カーボン繊維を用いて極限まで軽量化した機体は横からの風に弱い。1m/sの横風にさえ,あおられる。助走段階でコースを外れては機体を戻すうちに,水平尾翼に内蔵したサーボ・モータに不具合が発生,翌日(16日)に挑戦を持ち越すこととなった。

 そして迎えた16日。少しでも横風の影響の小さいコースを取るべく,離陸地点と着陸地点を入れ替えることにした。これが奏功する。1度目の助走には失敗したものの,2度目の挑戦で機体は,滑走路をまっすぐ走ってフワリと浮いた。単3形の「オキシライド乾電池」を160本(直列20本×8並列)を使っての有人飛行が達成された瞬間である。このときの飛行は,公式記録の要件である高度2m以上を測定地点で満たせなかったために記録にはならなかったが,直後の再挑戦で飛行時間59秒,飛行距離391.4m,最高高度5.2mの記録を残した(後のデータの解析により,最高高度は6.11mであることが判明した)。

 さらに当初からの目標だった,乾電池の数を96本(直列24本×4並列)に減らしての飛行にも成功した。ただし,こちらは計算上,推進力が足りないため,滑走時に人手を用いることとしており,記録測定は行っていない。


着陸地点で喜び合う東工大生やOBたち

 今回製作した機体は,いわゆる「鳥人間コンテスト」などに登場する人力飛行機と基本的には同じもの。人力飛行機の場合は,パイロットが自転車をこぐことでプロペラを回し,推進力としている。今回の乾電池飛行機では,モータによって直接シャフトを回転させることで,プロペラを回す。オキシライド電池は,このプロペラ用モータの動力源に使用した。電池ボックスは操縦席の足元に納める。離陸後の定常状態であれば,電池寿命としては約1時間程度の飛行が可能という。


操縦席の足元に電池ボックス

 飛行機の電装部分を担当した比嘉康貴さん(東工大 電気電子工学科 4年生)は,「オキシライド乾電池でなければできなかった挑戦。アルカリ乾電池では1A以上の電流を流すと電圧が落ちてしまうが,オキシライドだと1本3W程度の出力が1時間ほど保てる。10秒程度のごく短いパルスなら8~9Wの出力も可能」と話す。96本での滑走,飛行時に予想を上回る出力が得られたことから,東工大スタッフの間からは「次は96本で公式記録を狙いたい」との声も聞かれた。


ケーブル・テレビなどで配信中の「21世紀のライト兄弟 ~空飛べ!! 夢乾電池~」番組ナビゲーターを務める人気アイドル,辻希美さんも祝福に駆けつけた。


【取材顛末記】乾電池で飛ぶ飛行機と,辻ちゃんを見た