【図1】開発したSWCNT含有PMMAを使った受動モード同期ファイバレーザからのfsパルスの出力。左(a)はパルス波形,右(b)は光スペクトル
【図1】開発したSWCNT含有PMMAを使った受動モード同期ファイバレーザからのfsパルスの出力。左(a)はパルス波形,右(b)は光スペクトル
[画像のクリックで拡大表示]
【図2】SWCNT含有PMMAの外観。サイズは20mm×20mmで,厚さは1mm
【図2】SWCNT含有PMMAの外観。サイズは20mm×20mmで,厚さは1mm
[画像のクリックで拡大表示]

 東北大学電気通信研究所の中沢正隆教授,同多元物質科学研究所の戒能俊邦教授らの研究グループは,単層カーボンナノチューブ(SWCNT)を光通信分野で多用される光学プラスチックであるポリメチルメタクリレート(PMMA)やポリスチレン(PS)に均一に分散させ,SWCNTが持つ「過飽和吸収光学効果」を使うことによってパルス幅171fs(フェムト秒:10-15秒)という超短光パルスの発生に成功した,と発表した(図1,東北大学のニュースリリース)。これまでにSWCNTを特殊ポリマー中に分散させて超短パルス発振させた報告例はあったが薄膜状の素子しか得られず,長期的な特性劣化も避けられなかった。実用的な光学ポリマーに分散した材料で170fsレベルの超短パルス発振に成功したのは初めて。

 使用したSWCNTは半導体性を持ったもので,「HiPco(High Pressure Carbon Monoxide)プロセス」(鉄触媒と高圧の一酸化炭素から高温で合成する手法)で作製したものを購入した。半導体性SWCNTをPMMA,PSといった透明ポリマー中に溶媒としてクロロベンゼンあるいはテトラヒドロフランを使って溶かした。SWCNT,ポリマーともに溶媒に溶けて均一分散させることに成功した。ポリマーと溶媒の最適な選択がポイントだったという。この分散溶液を乾燥させて厚さ1mm程度の光学材料を得た(図2)。SWCNTの分散濃度は500ppmである。なお,SWCNTを均一分散させるのは,SWCNT同士が凝集して光散乱損失が発生するのを防ぐためである。

 こうして調整したSWCNT含有光学ポリマーを共振器内に置き,波長1.5μmの近赤外領域のパルスレーザ光(エルビウム添加光ファイバ)をレンズで絞って照射して,「過飽和吸収光学効果」による超短パルス光を起こさせる同期レーザを構成した。ここで,「過飽和吸収光学効果」とは,半導体性SWCNTが持つ特性の一つで,弱い光を吸収して強い光を透過する現象である。つまり照射したパルス光の波形で見ると,強度の低い「裾野」の部分は吸収により削られ,強度の高いピーク部は透過されてそのまま残るので,共振器内でこれらが繰り返されることによってパルス波形が尖ってくる。つまり短パルス化していく,という原理である。

 これまでのSWCNTの均一分散技術としては,SWCNTを有機溶媒中に均一に分散した後ガラス基板上にスプレー散布する手法やポリビニルアルコール中に分散させる手法が考案されてきたが,前者はSWCNTが空気や湿気にさらされるために長期の特性劣化が避けられず,後者は溶媒として水を使っているために水酸(OH)基による吸収損失の問題があった。また最近,産業技術総合研究所がSWCNTをポリイミド中に均一分散させることに成功したと発表した(産総研のニュースリリース)が,薄膜かフィルムしか得られず,実用的な素子を作るのは難しい課題がある。

 これに対して,今回使ったPMMA,PSといった光学ポリマーは,光ファイバー材料など光通信分野で多用されており,特に光通信用の波長1.55μmで透明であることから吸収損失や散乱損失を抑制できる。また,1mm以上と厚みのある材料を形成可能で,導波路を作るのも容易で,光学研磨も簡単だという。

ニーズ高い超短パルスのレーザーや光スイッチ

 用途としては,光通信,計測,医療分野などが考えられる。今後光通信には,ブロードバンド回線の急速な普及に伴い,光ネットワークがどんどん大容量化することよって超短パルス光が要求されるようになる。また,次世代の超高速光ネットワークでは伝送速度が電子回路の処理速度の限界を超えるようになるために,光スイッチなどの全光学素子が必要とされる。SWCNTを使った素子は,過飽和吸収効果の回復時間が1ps(ピコ秒:10-12秒)と超高速であるため,光スイッチとしても有望である。医療・バイオ分野でも超短パルス光のニーズは高い。例えば,2006年度の「日経BP技術賞」の大賞には「フェムト秒レーザーを使った、たんぱく質結晶化技術」に決まったほどである(日経BP社のニュースリリース)。

 こうしたニーズに対して今回開発した素子は,より低コストで大量生産が見込める実用的なものだと同研究グループは言う。コスト面では,SWCNTの製造コストがポイントになるが,SWCNTの製造技術は進展してきており,コストダウンの可能性は十分あると見ている。今後,同研究グループはレーザや光スイッチなどのデバイス化の検討を進めるとしている。