オタク市場向けマーケティング

 野村総研は,こうしたオタクが形成する市場における事業運営には,旧来のマーケティングの4P(製品,価格,流通,プロモーション)だけでなく,「3C」を組み込んだマーケティング・フレームが必要だと指摘する。3Cとは,収集(Collection),創造(Creativity),コミュニティ(Community)。この好例として,コミック市場における市販コミックと同人誌との共存が挙げられた。好きなアニメやコミックの派生品を収集できる場(Collection),創作活動の発表の場(Creativity),オタク同士の交流の場(Community)としての同人誌マーケットが,コミック市場を拡大しているという。作家や編集部があえて黙認したことで,同人誌マーケットが作品の実験の場,広告効果による市場拡大,新人作家の育成などにつながり,コミック市場にプラスに働いたというのだ。

 オタクを活用した市場の活性化は,他業種でも可能であると野村総研はみている。たとえば,ハード・ディスク装置(HDD)を使った録画機も自作PCオタクが生んだものだと同社は言う。「たとえば,メーカーがAVパソコンを売り出すより前からPCオタクはテレビ・チューナをパソコンに搭載していた。先進性の高いオタク層の消費行動が新製品開発のヒントになることは昔からあった。HDDレコーダもテレビ・チューナから落とし込んだ映像をエンコードして保存するというPCオタクたちの動向が製品開発に影響を与えたとみられる」とする。

一般市場向けのオタク活用術

 こうした事例から,野村総研では市場の萌芽期におけるオタク活用法を次のように解説する。(1)企業は新コンセプトに基づく製品/サービスをまず市場投入する。(2)オタクがそれを取捨選択してアレンジするのを観察して吸収する。(3)一般市場に向けたアレンジを加えて市場に再投入する。

 また,市場の成長期においてはオタクの情報発信力が新製品に敏感な層への効果的なアプローチにつながる,衰退期においてもオタクは根強く製品を買い支えて企業に残存者利益をもたらすなど,産業サイクルのあらゆる段階で,オタクは市場の活力になりうると野村総研は分析している。

 実際に,オタクを製品開発段階で積極活用する企業は少しずつ増え始めている。ある家電メーカーでは,特定の製品に関するコミュニティ・サイトにアクセスするユーザーのグループを招待して製品に関するアイデアなどを聞き取っているという。「不特定多数に行うアンケート調査などでは有象無象の意見が集まる。少数のコア・ユーザーへのインタビューのほうが有益だ」と担当者は語る。

 競争の激しいデジタル・カメラのメーカーでも,製品発売と同時にユーザー登録を始め,次の製品開発の際にはそのユーザー登録番号の若い順に数名を招待してインタビューを行う企業があるという。野村総研の研究員は「こうした聞き取りは,開発のアイデアにつながるだけでなく,選ばれてインタビューされたオタクが積極的に宣伝活動を行うことも期待できる」と語る。オタクは消費の面だけでなく,生産の面においても存在感を増しつつあるようだ。