アクリルアミドポリマーと水面上への展開の模式図
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高分子ナノシートのイメージとポリチオフェンの模式図
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電気化学的トランジスタの作製法
電気化学的トランジスタの作製法
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 東北大学多元物質科学研究所の宮下徳治教授らのグループは,ラングミュア・ブロジェット(LB)法で数十nmの導電性高分子(ポリチオフェン)薄膜を作成,これを使って電気化学的な酸化還元反応を駆動原理とするトランジスタを考案,試作した。試作したトランジスタは1.2Vで動作し,オン/オフ比は2000。印刷できて曲げられるなどの特徴を持ち,抜本的なコストダウンの可能性があるとして近年注目される有機トランジスタを実現する材料の候補の一つになりそうだ。第54回高分子討論会(2005年9月20~22日,山形大学)で発表される。

 LB法は,親水基と疎水基を持った分子(両親媒性分子)を水面上に展開して,基板に移し取って整列した分子を作製する手法。今回宮下教授らはアクリルアミドポリマーを使った。親水基であるアミド基が水面上に展開し,その上にポリマー主鎖が並び,疎水基であるアルキル基(炭素数12個)が水面に対して垂直に立つ格好になる(図1)。分子の厚さは約1~2nm。宮下氏らは「高分子ナノシート」と呼んでいる。 

 クロロフォルム溶液にこのアクリルアミドポリマーと導電性高分子のポリチフェンを溶融し,水面上に展開することにより,クロロフォルムは揮発して,ポリチオフェンがアルキル基の中に分散した構造の分子ができあがる。宮下氏は「固体のマーガリンの中にポリチオフェンが分散したようなもの」だと表現する。これを10層重ねて,厚さ20nmの導電性高分子ナノシートを作成する(図2)。

 ガラス基板上にソース,ドレーンとなる金電極を作製し,この上に調整した導電性高分子ナノシートを積層し,さらに有機溶媒からなる電解液をその上にひたし,ゲートとなるITOを載せて電気化学トランジスタの出来上がりである(図3)。

 ゲートに電圧をかけないとこの高分子ナノシートは絶縁体(オフ状態)だが,ゲートに電圧をかけるとポリチオフェンから電子を引き抜きてプラスに荷電して共役系高分子中の電子が動きやすくなり,さらに電解液からドーパント(PF6-)が供給されて,電子が流れるようになる(オン状態)。ポリチオフェンの酸化状態と還元状態をスイッチしている電気化学的なトランジスタである。実験では,今のところゲート電圧1.2Vで,オン/オフ比は2000という結果を得ている。

 研究グループによると,電解液があるために全固体でない点をまず改良したいという。すでに原理的には電解液がなくとも動作するトランジスタは考案したとしている。また,宮下氏によると,まだ材料面での基礎的な検討レベルだが,今後近年注目される印刷可能でフレキシブルなTFT(薄膜トランジスタ)などのデバイス化を進めたいという。

 有機エレクトロニクスの分野では,低分子のペンタセンを使う検討が進んでいるが,それに比べると,高分子であるために耐熱性や耐久性を持たせやすい,結晶化する必要がないので取り扱いやすくフレキシブルにしやすい,点から有機エレクトロニクス分野で有望な材料の候補になると宮下氏は強調する。

 なお,LB法の量産性については,近年装置や手法の進歩も著しく,「電子業界が本気になれば問題ないレベル」と見る。十数年前に一時流行したものの廃れてしまったLB膜よりは進化したものなので,宮下氏は「LB膜というよりは高分子ナノシートという言葉を使って欲しい」としている。