日本の関税定率法が定める「輸入差止申立制度」に欠陥があることが明らかになった。この制度の特徴は,輸入差し止めを求める訴えがあると,税関が直ちに製品の輸入を止めること。ところが,輸入する製品に知的財産権に関する法的な不備がない場合でも,即座に輸入を止めてしまう恐れがあることが分かった。そのため,輸入者は不利となる。2005年7月20日,日比谷パーク法律事務所弁護士・弁理士の上山浩氏がTech-On!の取材で明らかにした。

 輸入差止申立制度は,特許権や実用新案権,意匠権,商標権などの知的財産を侵害する製品が,日本に入り込むことを防ぐためのもの。知的財産権を所有する権利者(以下,権利者)が輸入差し止めの申し立てをした後,その製品が実際に日本に入ってきた場合に,日本の各税関が直ちにその輸入を止めてしまう。知的財産権を侵害した製品,いわゆる「ニセモノ」が日本市場に流入することを水際で食い止める制度として,日本メーカーの利用が急増している。

 ところが,上山氏はこの制度を「権利者にとって一方的に有利であり,公平性を欠いた制度」と指摘する。その理由は,知的財産権の侵害の有無が確定しない段階で,税関が製品の輸入を差し止めてしまうことだ。

 権利者が輸入差し止め申し立てを申請すると,税関はその申し立てが正当なものかどうかを審査する。具体的には,輸入者が輸入しようとする製品が,権利者の知的財産権を侵害するものかどうか(「侵害物品」に該当するかどうか)について,税関が判断を行う。これを「認定手続き」と呼ぶ。しかし,実際に製品の輸入が差し止められるのは,税関がこの認定手続きを終えて,侵害物品か否かについての判断を下した後ではない。認定手続きを開始した時点で,直ちに製品の輸入が止められてしまう。

 これでは,税関が認定手続きを終えて最終的に「侵害物品ではない」と判断した場合でも,製品の輸入は差し止められ,輸入者が一方的に不利益を被ることになる。こうした場合に備えて,輸入者は担保を積めば,仮通関をすることはできる。だが,「担保の金額は製品の利益分に相当するほど大きく,事実上,輸入者が担保を積むメリットは全くない」(同氏)。

 輸入者が“権利者”側に不正な申し立てをしたとして損害賠償を請求することもできるが,その損害賠償額は小さ過ぎ,輸入を差し止められることで受けた実際の損害額とは大きく乖離しているという。要は,「損害賠償を求める制度は形式上のものであって,実効性はない」(同氏)。

 上山氏が,輸入差止申立制度にこうした欠陥があることを発見したきっかけは,キヤノンのインクジェットプリンタのインクカートリッジに関する特許。具体的には,特許番号第2801149号「インクタンクおよびインクタンクホルダ」。これは,インクカートリッジをプリンタ本体側に固定するために使う爪とレバーの部分がポイントであるため,業界では「キヤノンのラッチレバー特許」と呼ばれる,極めて重要な特許だという。

 ところが,同氏はこの特許には先行事例があることを発見。横河北辰電機の実用新案「記録装置」において,インクリボンのカセットにキヤノンのラッチレバー特許と同じ機構が採用されていると判断した。そして,同氏が特許庁に無効審判の請求を起こしたところ,特許庁がラッチレバー特許の無効審決を下した。

 実は,これまでキヤノンは,このラッチレバー特許を根拠にインクカートリッジの輸入を差し止めてきた。同社が税関に輸入差し止めを申し立てると,税関は直ちに輸入を差し止めた。このケースでは,その後の認定手続きにおいて,税関は輸入者がキヤノンのこの特許を侵害していると判断した。しかし,今回特許庁がこの特許が無効であると判断したことから,輸入者は法的な根拠なしで輸入を差し止められた可能性が出てきた。

 ただし,キヤノンはこの無効審決を不服として,審決取消訴訟を起こすこともできる。そのため,現時点ではこの特許が無効だとは言い切れない。しかし,この特許はかつて東京地裁でも「無効事由がある」という判決が下ったこともあり,審決取消訴訟で無効を取り消せるかどうかは不透明だ。

 いずれにせよ,現行の輸入差止申立制度は,権利者を厚遇するあまり,輸入者に一方的に不利になる欠陥があることは変わらない。