図1 波形の崩れた光パルスを復元できる。信号品質の劣化を打ち消す指標となる波長分散値は可変で,導波路(緑色)に沿った電極(オレンジ色)に電圧を加えることで正負にまたがり自在に変更できる。例えば,−360ps/nm/mという大きな値にすることも可能である。
図1 波形の崩れた光パルスを復元できる。信号品質の劣化を打ち消す指標となる波長分散値は可変で,導波路(緑色)に沿った電極(オレンジ色)に電圧を加えることで正負にまたがり自在に変更できる。例えば,−360ps/nm/mという大きな値にすることも可能である。
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図2 今回の素子の断面。フォトニック結晶の上に導波路(コア)がおかれている。電極以外の材料はすべてSi系である。
図2 今回の素子の断面。フォトニック結晶の上に導波路(コア)がおかれている。電極以外の材料はすべてSi系である。
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 物産ナノテク研究所とシンガポールの研究機関「Institute of Microelectornics(IME)」は共同で,新しい構造の波長分散補償(CDC:chromatic dispersion compensation)素子を開発した。米国アナハイム市で開催された光通信技術の国際会議および展示会「Optical Fiber Communication Conference and Exposition(OFC 2005)」(2005年3月6日~11日)に出展した。Siウエハー上に,UVリソグラフィなどCMOS技術で用いるのと同等の装置で形成できるのが最大の特徴で,従来はサイズが大きかった同素子を大幅に小型化でき,量産も容易になる。現在は直径8インチのウエハー上に試作,2005年2月に最初の性能評価試験を終えた段階で,2007年末の製品化を目指すという。

 波長分散補償素子は,光ファイバ中を長距離にわたって信号光が伝播する際に,光ファイバの波長分散という性質によって信号光の波形が崩れて品質が劣化するのを打ち消す役割を持つ(図1)。今後増えてくる伝送速度が40Gビット/秒の通信は,信号品質の劣化に敏感で「(こうした波長補償素子がなければ)10Gビット/秒で10kmだった通信が2kmしか届かない」(同研究所)ことになる。通信距離を確保するには,今回のような高性能,低コストで小型の波長分散補償素子が必須となる。

 ところが,従来の波長分散補償素子はサイズが大きく,量産性にも問題があって価格が高かった。これに対して今回の技術を使えば,従来に比べて長さを1/10以下にでき,しかも通常の論理LSIなどと同様のウエハーと製造設備を使って量産が可能になる。さらに波長で1530nm~1620nm,帯域幅で90nmという広帯域の波長に対応でき,波長分散補償の程度が電圧で制御できるといった利点もある。広帯域に対応する点は,多数の波長を利用するWDM(波長分割多重)では重要な性質となる。

フォトニック結晶の課題をクリア

 同素子は,フォトニック結晶(photonic crystal:PC)を実用化に近づけたという点でもインパクトが大きい。フォトニック結晶とは,2種類の屈折率の異なる誘電体を,結晶のように規則正しく交互に並べたもの。格子間隔の数倍の波長を持つ光を選択的に透過させたり,逆にフィルタリングすることができる。複数の光信号を相互作用させたり,鋭角に曲がった経路を通すこともできる。こうした性質を利用して,光信号をさまざまに制御する研究開発が活発になっている。

 しかし,現状のフォトニック結晶には課題も多い。例えば高い波長選択性を持つ一方で,扱える光の波長幅が数nmと狭く,損失も大きい。GaAsなど化合物半導体で構成したものが多く,量産性に難があるという点も課題だった。今回開発した波長分散補償素子は,こうしたいくつかの課題を解決している。

バンドギャップ帯は使わない

 解決できたのは,フォトニック結晶の大きな特徴である高い波長選択性という性質を利用しないという逆転の発想を採ったからである。

 今回の波長分散補償素子は,Si系の2次元フォトニック結晶と従来の導波路を組み合わせた構造を持つ。具体的には,フォトニック結晶層(PC層)の上に電極のついた導波路(コア)を置いた構造をしている(図2)。この導波路に,波長分散によって波形が鈍化した光を通すと,光はコアとPC層にまたがって伝播しながら補償され,波形が復元された出力信号が得られる。多くのフォトニック結晶を使った光制御素子は,導波路そのものをフォトニック結晶で形成している。物産ナノテク研究所も「当初は我々も線欠陥導波路と呼ぶタイプものを研究していたが,これでは損失の低減や広帯域に対応させるのは困難と気が付いた」という。

 同研究所とIMEは,フォトニック結晶を導波路とは分離し,「Siフォトニック結晶SiN複合導波路」(同研究所)と呼ぶ構造を採用した。その上で(波長選択性の高い)バンドギャップ帯の波長を使わずに,伝搬領域の波長の光を利用した。これが90nmという広い波長帯域への対応につながった,という。