低消費電力,高速応答性,優れた色再現性などで液晶ディスプレイ(LCD)やプラズマディスプレイ(PDP)などのフラットパネルディスプレイ(FPD)を凌駕すると言われる次世代のフィールド・エミッション・ディスプレイ(FED)。その代表がカーボンナノチューブを電子源とするFEDであり,実用化が間近だと言われている。このカーボンナノチューブに焦点を当てた同時開催の「カーボンナノチューブFEDプロジェクト公開シンポジウム」と「第2回真空ナノエレクトロニクスシンポジウム」が,2005年3月3日~4日の二日間,東京都内の泉ガーデンギャラリーで開催された。主催は,ファインセラミックス技術研究組合と,独立行政法人 日本学術振興会真空ナノエレクトロニクス第158委員会である。

 FEDの開発は,円錐状の微小なスピント型エミッタから始まったが,エミッタ作製プロセス技術や超高真空という条件によって,大型化には向いていないと言われていた。このため,作製プロセスや真空などに制約されないエミッタの材料が模索されていた中,1991年にカーボンナノチューブが発見される。そして1998年には,カーボンナノチューブを用いたFED素子が,上村 佐四郎氏(当時,ノリタケ伊勢電子)と齋藤 弥八氏(当時,三重大学 工学部 助教授)によって世界で初めて試作された。これがきっかけとなり,世界的なカーボンナノチューブFED開発が始まったのである。

 ただし,カーボンナノチューブを電子源(エミッタ)として用いる研究が進められてきたが,最大の課題となっていたのが電子放出特性のバラツキである。そこで,独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO 技術開発機構)は,2003年10月から,CNTの均質成膜や微細エミッタを作製,FEDパネルを実現するための真空技術や画像表示技術など総合的な開発を行うため「カーボンナノチューブFEDプロジェクト」(プロジェクトリーダー 奥田 壮一郎氏:三菱電機 FEDプロジェクト グループマネージャー) をスタートしたという経緯がある。

 今回のシンポジウムは,カーボンナノチューブFED公開シンポジウムの成果発表・講演が17本,第2回真空ナノエレクトロニクスシンポジウムの成果発表・講演が9本となった。
 シンポジウムは, NHK放送技術研究所材料基盤技術部長の佐藤 史郎氏が「スーパーハイビジョンディスプレイへの期待」という基調講演から始まった(写真1)。スーパーハイビジョンは愛知万博でも600インチのスクリーンで上映されるが,その技術概要からスーパーハイビジョンを支える主要デバイスである,冷陰極HARP撮像板,ディスプレイのFED,記録用の垂直HDDの研究展開について解説。FEDは言うまでもないが,HARP撮像板には電荷を読み出すための電子源としてスピント型の冷陰極アレイFEA(フィールド・エミッタ・アレイ) が使われる。佐藤氏は,「スーパーハイビジョンは,放送,医療,科学・教育,芸術,経済などの分野で応用されるが,最終的なサービスの質を決めるのはディスプレイである」と語り,FEDの重要性を強調した。

 カーボンナノチューブFEDプロジェクト公開プロジェクトから具体例を挙げてみよう。カーボンナノチューブ電子源の作製は,CVD(化学的気相成長法)によるものではなく,印刷によるものがメインとなった感がある。この印刷の場合は,大面積化に向いていることと,低コストで完成度が高いといったメリットがあるからだ。しかし,その一方で,単に印刷しただけではCNTが横に寝た状態となってしまう。このため, レーザーを使ってCNTの起毛位置を制御してエミッション特性と均一性の改善を図る研究について報告された。
 三菱電機の研究では,レーザー照射パターン3種,KrFエキシマレーザー(λ=248nm ドットパターン),YAG3ωレーザー(λ=355nm ドットパターン) ,YAG2ωレーザー(λ=532nm ストライプパターン)を採用。実験結果によると,CNTはレーザー照射パターンの境界に沿って立つ。また,パターン化されたレーザーを照射することで発光均一性が改善される。実際には,画素ピッチ0.6mmの1.5インチFEDを試作して発光を確認したという。

第2回真空ナノエレクトロニクスシンポジウムからは,独立行政法人 産業技術総合研究所の「ポリシリコンTFT一体型HfC被覆FEAの作製」を挙げる。シリコンエミッタのHfC被覆,ポリシリコンFEAの低温形成,MOS型フィールドエミッタ技術などの要素技術の結合によるプロセスを解説したものである。実際,試作したアクティブマトリクスデバイスにより,エミッション電流が一体化したTFTで完全に制御できることが分かった。

今回のシンポジウムにおいては,電子源の研究報告は言うまでもなく,ガラス材料やパネル構造,あるいは封着材料まで,実に多岐に渡っての研究報告がなされた。カーボンナノチューブFEDプロジェクトが産学官の連携によって,確実に推進していることを印象づけるものである。

 また,講演の1つとして,韓国Samsung SDIの副社長でFEDチームのマネージャーであるDeok Hyeon Choe氏(写真2)は「液晶とPDPがクロスするサイズである30から40インチをFEDでカバーすることで,ディスプレイのエリア拡大を狙っていく。今年中にディスプレイとして完全なものを開発し,2007年末には量産することを計画している」と語った。

 次世代FPDとして大きな可能性を持っているカーボンナノチューブFEDであり,その端緒は日本の研究者がつけただけに,今回のプロジェクトの成果が実用化に拍車をかけることを期待したい。(佐藤 銀平)

【写真1】「スーパーハイビジョンディスプレイへの期待」をテーマに基調講演を行うNHK技研の佐藤 史郎氏
【写真1】「スーパーハイビジョンディスプレイへの期待」をテーマに基調講演を行うNHK技研の佐藤 史郎氏

【写真2】韓国Samsung SDIのカーボンナノチューブFEDの現状と課題について講演するDeok Hyeon Choe氏
【写真2】韓国Samsung SDIのカーボンナノチューブFEDの現状と課題について講演するDeok Hyeon Choe氏