有機物を溶媒に溶かして塗布してトランジスタを作る。低コストで,扱いやすい,大面積化が可能,といった様々な特徴が有機薄膜トランジスタにはある。その有機半導体材料には,p型半導体では代表的なものにペンタセンがあり,n型半導体にはフラーレンがあることはよく知られている。

 p型とn型が揃えば, 回路設計の自由度も高まり, 有機デバイスの実用化が大きく進展することは言うまでもない。東北大学金属材料研究所 教授の岩佐 義宏氏は,フラーレンと自己組織化単分子膜(SAMs:Self-Assembled Monolayers) を用いることで,ホール(正孔)伝導を観察,フラーレンFET で初めて両極性動作をすることを発表した。本稿は,2005年1月7日から三日間,名城大学で開催されたフラーレン・ナノチューブ研究会の第28回シンポジウムでの報告をあらためて解説するものである。

 電解効果トランジスタ(FET)は,ゲート電極の電圧によってソース電極とドレイン電極間を流れる電流をON-OFFする。この時の伝導チャネルは,酸化絶縁膜(酸化シリコン絶縁体)と半導体の界面にあるため,電子や正孔などのキャリアの制御は,この部分だけで行えばいい。シリコン半導体であれば,キャリアの量を制御することでON-OFF切替えを自由に設定できるが,有機半導体ではキャリア制御が非常に難しい。

 そこで,岩佐氏らのグループは,伝導チャネルでうまくキャリアを制御するために,酸化絶縁膜の表面にアルキルシラン分子のSAMsを付けた(図1)。ちなみに,酸化絶縁膜の上に化学結合させたSAMsの膜の厚さは約1nmである。このアルキルシラン分子は,アルキル鎖とシリコン原子からなる分子である。岩佐氏らは,この鎖の一部をアミノ基,メチル基あるいはフッ素で置換した。これらは極性があるため,整然と並んでおり,チャネル自体が全体として弱い電場があるような状態になっていると言う。

 岩佐氏らの実験では,上述したように鎖の一部を置き換えた3種類のSAMsを用いたが,中でもフッ素に置換したSAMs(F-SAMs)を用いた時に特異な振る舞いを示したのである。ゲートにプラスの電圧をかけて電子によってソース/ドレイン間に電流が流れるだけでない。ゲートにマイナスの電圧かけても,きれいにソース/ドレイン間に電流が流れたのである(図2)。しかも,ゲート電圧のしきい値は,鎖の数で制御できると言う。

なぜこのような現象が起こるのか。これは,SAMsの一部が,ソースとドレインの金電極の表面に残っていることから,有機半導体(この場合はC60)と電極の間に, 界面双極子 (インターフェース・ダイポール) ができる。つまり,SAMsと電極を覆う界面双極子によって,全体として電場がかかっている時と同じ働きをするという。これによって,それまで流れなかったホールが流れるようになったということだ。電極のところに界面双極子が形成されることによって,電子やホールの出入りを自在に制御できるというメカニズムである。

 「C60はn型半導体としては非常にいい物質ですが,溶媒に溶けにくいという欠点もあります。有機半導体の他の材料は溶媒に溶けるという特徴がありますから,やはり簡便であることが大事なのですね。今のところ,C60である限りは真空処理を使わざるをえません。ですから, 私たちが考えているのは, もう少し簡単な作成法でC60の単分子膜をつくるということにチャレンジしようとしているところ。やはり,C60というのは丸いので,たとえ結晶性が中途半端でも,ちゃんと働くきれいなデバイスができると信じています」と岩佐氏は言う。

 もともとC60は優れた電子移動度を持つ有機化合物であるが,今回のホール伝導を確認したことで,シリコン並みの優れた有機デバイスが期待できそうだ。また,実現されればエレクトロニクスの世界に大きな波及効果をもたらすのではないだろうか。(佐藤 銀平)

【図1】SAMsを用いた有機薄膜電解効果トランジスタの概念図
【図1】SAMsを用いた有機薄膜電解効果トランジスタの概念図

【図2】F-SAMsで修飾したC60FETの横伝導特性 (ソース/ドレイン間電流のゲート電圧依存性)
【図2】F-SAMsで修飾したC60FETの横伝導特性 (ソース/ドレイン間電流のゲート電圧依存性)