東北大学 金属材料研究所 ナノ金属高温材料学寄附部門 客員教授の安彦 兼次氏は,2004年9月29日から10月1日まで東京で開催された「日経ナノテク・ビジネスフェア2004」(日本経済新聞社主催,日経BP社共催)で,純鉄と超高純度Fe-Crおよびそれらの応用例の展示を行った。

 安彦氏らが進めてきた研究では,金属を限りなく高純度化することによって,これまでの想像を超えた特性が現れることを実証してきた。例えば,優れた特性を持つ金属材料の開発は,すでに限界に達していると思われていたが,安彦氏らの純鉄の研究でこの常識が見事に覆されたことは記憶に新しい。

 安彦氏らは超高純度鉄を溶製するために,超高真空対応のコールドクルーシブル溶解装置と,高純度化するための浮遊帯溶融精製装置を開発。材料の鉄は10kgと多量なもので,これまで超高真空下で溶製した例はまったくなかった。これらの装置によってできた鉄インゴットから,直径15mm,長さ30cmの高純度鉄を得た。純度は99.9999%(6N),炭素(C),窒素(N),酸素(O),イオウ(S)の総量を3ppm以下に抑えて超高純度化したもの。

 鉄を6Nに超高純度化すると,4.2Kの液体ヘリウムの中でも脆性破壊することなく可塑性を示す。また,塩酸や王水に対する耐蝕性は,工業用純鉄の10倍〜100倍も高い。このような特性は,金属1g中の不純物元素量を100ng以下に超高純度化すると,多くの金属にも現れるという。

 一方,クロム(Cr)量の高い合金はほとんど実用化されていないのが現状だが,安彦氏らは以前から応用例の試作を展示してきた。Crの高純度化は非常に難しく,現在実用化されているFe-Cr系ステンレス鋼中のCr量の上限は30%ほど。Crの高純度化は容易でなく,最高純度でも現状では99.99%以下である。しかし,安彦氏らは10年ほど前から99.99%(4N)程度に高純度化し,実用化への道筋をつけてきたという経緯がある。

 今回,発表したのはCr量が50%のFe-Cr合金。この合金は,室温から1200℃で高い強度と優れた可塑性を示し,耐蝕性も極めて高い。また,海水に対しても優れた耐蝕性を持つ。このような特性から想定される応用例として,船舶用スクリュー(写真1),タービンブレード(写真2),シームレスパイプの試作品を展示。市販の純度のFe-Cr合金と高純度Fe-Cr合金をU字型に曲げ,応力腐食割れを比較した実物展示もあった。

 なお,超高純度金属の実験研究から,革新的な金属材料の基礎を築く「ナノメタラジー(超高純度金属学)」の概念が生まれたが,これを提唱したのが安彦兼次氏であることを付記しておく。(佐藤銀平)

【写真1】Fe-50%Cr合金製の船舶用スクリュー
【写真1】Fe-50%Cr合金製の船舶用スクリュー

【写真2】Fe-50%Cr合金製のタービンブレード
【写真2】Fe-50%Cr合金製のタービンブレード