スウェーデン王立科学アカデミーは2002年10月9日に,本年度のノーベル化学賞に島津製作所の研究開発者である田中耕一氏を選出したことを発表した。「生体高分子の質量分析法のための穏和な脱着イオン化法の開発」に対して,田中氏と,米国のヴァージニア・コモンウェルズ大学教授のJhon B. Fenn氏の2人が受賞した。昨日(8日)に発表された物理学賞に選出された東京大学名誉教授の小柴昌俊氏に続き,日本人の受賞が決まったのは今年2人目。化学賞では,一昨年(2000年)の白川英樹氏,昨年(2001年)の野依良治氏に続いて3年連続で4人目の受賞になる。日本の民間企業に所属する研究者がノーベル賞を受賞するのは初めて。

 今回のノーベル化学賞は,「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」にするもの。その半分が「生体高分子の質量分析法のための穏和な脱着イオン化法の開発」に対してで,田中氏とFenn氏の2人が受賞することに決まった。また,残り半分が「溶液中の生体高分子の立体構造決定のための核磁気共鳴分光法の開発」に対してで,スイス連邦工科大学(ETH)チューリッヒ教授および米スクリプス研究所客員教授であるKurt Wuthrich氏の受賞が決まった。

 受賞した研究は,いずれも主要な化学分析法である質量分析法と核磁気共鳴分光法(NMR)で独自の新手法を開発することで,かつては困難とされていたタンパク質などの生体高分子の立体構造を分析できるようにし,「新薬の開発に革命をもたらした」として高く評価された。研究開発が活発化しているオーダーメード医療などにおけるナノバイオ研究でも,重要な役割を果たすと考えられる。

 田中氏は,「ソフトレーザー脱着法」という新手法を導入してタンパク質分子を質量分析によって同定できるようにした。この方法は,出力を適度に抑えたレーザー光を試料に当てることで,試料を小さな断片に分け,解析できるようにする。1988年に開発した。

 また,同じく質量分析法で受賞したFenn氏の場合は,電荷を持たせたタンパク質溶液の小さな液滴から少しずつ水分を蒸発させ,残ったタンパク質イオンを分析する。「エレクトロスプレーイオン化法」という手法で,こちらも1988年に発表した。

 NMRで受賞したWuthrich氏は,生きた細胞の中と同様の状態でタンパク質分子が存在する溶液中で,その立体構造を解析データから計算して決定できる手法を開発した。

 田中氏は1959年8月3日,富山市生まれの43歳。日本人のノーベル賞受賞者としては,湯川秀樹氏の42歳に次ぐ若さ。1983年に東北大学工学部電気工学科を卒業後,同年4月に島津製作所に入社し,技術研究本部中央研究所に配属。1989年に「高質量分子イオンの検出を可能とするレーザーイオン化飛行時間型質量分析法の研究」で,日本質量分析学会奨励賞を受賞。2002年5月から現職の分析計測事業部ライフサイエンスビジネスユニットのライフサイエンス研究所主任。