ビッグデータや人工知能(AI)が、医療・ヘルスケアのあり方を根本から変えようとしている。膨大な科学文献や医療画像を基に精度の高い診断をくだしたり、最適な治療法を提示したりする。ウエアラブル端末で集めた日常のデータから、生活習慣病に関する新たな知見を見いだす。そんな取り組みに、世界中のエレクトロニクス企業が本腰を入れ始めた。その中心にいるのは、米IBM社と米Apple社だ。

 ビッグデータやその解析を担う人工知能(AI)が、医療・ヘルスケアの世界にパラダイムシフトをもたらそうとしている。これまで医師の知識や経験に頼ってきた診断や治療、予防に、情報処理などのデジタル技術を大胆に採り入れる。これによって、より正確な診断や適切な治療法の選択、新たな医学的知見の発見、有効な予防法の開発などを実現する。

 そのインパクトに着目し、医療ビッグデータ活用基盤の構築にいち早く動き出したのが、米IBM社と米Apple社である。両社は互いに手を携え、巨大市場の開拓に乗り出す。

 この分野への参入を目指す企業にとって、両社は意識せざるを得ない存在。医療ビッグデータ関連の発表が相次いだ「ITヘルスケア学会 第9回年次学術大会&モバイルヘルスシンポジウム2015」(2015年6月、熊本市)から、両社の戦略をひも解こう。

Watsonを医療に

 第3次とも言われる昨今のAIブームの象徴的存在である、IBM社のコグニティブ(認知)コンピューティング技術「IBM Watson」。開発チームが当初から強く意識していた応用の1つが、医療・ヘルスケアだ。

図1 Watsonの医療応用を語る
ITヘルスケア学会でIBM Watsonの医療・ヘルスケア応用の最前線を語る、日本IBMの元木剛氏。

 ITヘルスケア学会では、同社でWatson事業を担当する元木剛氏(日本IBM 成長戦略 ワトソン担当理事)が登壇。「学習するシステムWatsonの医療・ヘルスケア分野への応用と今後の展望」と題して講演した(図1)。

 Watsonの名を一躍有名にしたのは、2011年2月に米国のクイズ番組「Jeopardy!」でチャンピオンを破ったこと。基礎研究を含め、準備期間は4年ほどだったという。そして同年秋には顧客企業と組んだ応用プロジェクトが始まる。例えば、大手医療保険会社の米WellPoint社とWatsonの医療保険への応用で提携。2014年初頭には事業化に向けた「IBM Watson Group」が立ち上がり、現在に至っている。