2014年11月に発表されたGreen500で、起業家の齊藤元章氏が率いるベンチャー企業PEZY Computingらが開発した高エネルギー加速器研究機構の「Suiren(睡蓮)」が2位に食い込んだ。3位に入った東京工業大学の「TSUBAME-KFC」が汎用品の採用にこだわるのに対し、独自開発のアクセラレーターや冷却システムを採用して高性能を実現している。齊藤氏に、開発の経緯や設計思想、スパコンの未来を聞いた。

(聞き手=今井拓司、中道 理、三宅常之)

――ベンチャー企業を創業して、スーパーコンピューターを作るまでの経緯は。

さいとう もとあき
1994年、東京大学医学部付属病院放射線科の研修医期間修了後、大学院入学と同時に学外に医療系法人を設立して研究開発を開始。1997年、米国シリコンバレーに医療系システムの開発法人を創業。300名の社員を雇用し世界で8000以上のシステムを納入。東日本震災を機に、海外での経験を日本の復興に生かすために拠点を日本に戻す。(写真:栗原 克己)

 (プロセッサーを開発する)PEZY Computingという会社を2010年1月に立ち上げましたが、その前に紆余曲折がありました。アメリカに作った前の事業体注1)でもプロセッサーを開発していたんですが、非常に開発費が掛かりまして。企業の規模がかなり大きくなり、株主の間で上場も目指そうという話が出てきた中で、半導体を1個開発すると1年の利益が全部飛ぶこともありますから、ちょっと中に置いておけないねとなった。ソフトウエアとシステムの会社に特化して、半導体と診断装置の事業を切り離したんです。

注1)医療用の画像処理システムを手掛ける米TeraRecon社。齊藤氏が1997年に創業し、12年間CEOを務めた。

 最初はその診断装置向けに半導体も開発する予定だったんですが、もとより事業規模が小さい中で、とてもできませんでした。シャットダウンしようという話が出るほどお荷物状態だった。それならば、まったく別でやりましょうということになりました。

 過去の経験から、あまり株主にいろいろなことを言われたくなかったので、独自路線かつプロセッサー開発に特化する必要があるだろうと考えました。利益の話になると真っ先に削られるのが半導体開発だったりしますので。削られる、ないしは棚上げにされてしまう。

 ところが、昔はそうでなかったかもしれませんが、この10年ほどを見ると半導体開発は1回でも遅延が生じて世代をまたいでしまうと、二度とキャッチアップできなくなるほど、非常に速い速度で業界が動いています。プロセスも変わり、IPも活用可能なものがどんどん変わっていく。だから、事業の核が半導体開発である企業を作らない限り、継続的に開発できないことが会社を立ち上げた理由です。とにかく半導体開発、プロセッサー開発が主たる事業で、それ以外の事業もやらないわけではないんですが、あくまで付加的なものです。

 創業当時はスパコンを作るという大それた発想はまったくありませんでした。いずれ作りたいという、おぼろげな期待は20年来あったんですが。20年前から一緒にやっている研究開発と事業のパートナーが、もともとスパコンのユーザーだったんですね。彼に事業に参加してもらうときに、当時から我々はプロセッサーを作っていましたので、先々それを使って独自のスパコンが作れるといいですねという話をしていました。彼はもう忘れているかもしれないですが、そういう思いが私の中にはずっとあった。

――スパコンでも汎用のチップを使うトレンドがありますが、独自のプロセッサーにこだわった理由は。

 我々は本当に小さな規模のベンチャー企業ですから、同じ汎用のIPコアを使ってやっていたんでは、大手にかなうわけがないんですね。ある程度差異化できるかもしれませんが、すぐに規模の論理でキャッチアップされ、追い越されというのが目に見えています。ベンチャー企業であるがゆえに、飛び道具的なものがないと差異化できませんし、本当にディスラプティブ(破壊的)なテクノロジーを持っていなければ生き残れないというのが基本理念として我々の中にはあるんですね。

 あとはアプリケーションサイドから色々やりたいことがあって、それを実現しようとしたときに、たいがい欲しいものがないんですね。そういうときに妥協したくなくて、ないものは作りましょうと。ほかが作ってくれないんだったら自分たちで作るしかないですねと。あまりに非現実的であればしょうがないんですが、やれる可能性があるんだったら何でそれを追究しないのかなと。

 もう1つは、誰もができる、あるいはある程度の人たちならできることって基本的にやっても意味がないと思ったんです。我々にしかできないものを突き詰めていくということですね。程度の問題ではありますが、全部手の内にあってコントロールできる方が、物事を短期間に最適な形で作り上げていくには最適解だと思っています。今回は、たまたまそういうものが非常によくかみ合ってうまくいった。

 例えば今回開発した冷却システムがそうです。高集積で小規模のスパコンを作るという前提に立ったときに、実は最初は世の中にある冷却の手法でやろうと思ったんです。米Green Revolution Cooling社に実際コンタクトして見積もりも取りました注2)。東京工業大学の「TSUBAME-KFC」を真似しようと思ったんですが、やりとりをしている中で結構問題があるんだなというのが分かりまして。多分そのまま採用していたら、今回の「Green500」の2位も取れなかったでしょう。

注2)米Green Revolution Cooling社は油を用いた液浸冷却システムを製品化しており、東京工業大学の松岡教授らが開発した「TSUBAME-KFC」では、同社の製品を基にした冷却システムを用いている。東工大は、Green社が用意していた媒体の代わりに消防法での危険物に該当しない引火点か250℃超の油を選定した。