RF帯の信号は周波数が高く,フィルタや増幅器などを安定して動作させることは容易ではありません。そのため従来は,受信したRF信号をベースバンド信号に変換する前に,一度IF(intermediate frequency)という中間周波数に変換して信号処理を行う方式(スーパーヘテロダイン方式:SH方式)が主流でした。

 一方,IFを介さずにRF信号を直接ベースバンド信号に変換する方式(ダイレクト・コンバージョン方式:DC方式)は,IFの処理を行う回路が不要なため回路規模を大きく削減できます。その半面,DC方式独自の歪みや直流成分(DCオフセット)が問題になっていました。しかし近年これらの問題を緩和できるようになり,DC方式が現在の主流となっています。さらに,複数の無線システムを同一のRF部に実装する際には,DC方式が回路規模の抑制に効果的であることも注目を集めています。

 RF部を設計する際に重要なことは,歪みを抑えて所望の波形を得ることです。波形の歪みは,受信時のA-D変換後のデジタル信号に劣化要因として残るため,それを雑音と見立てれば信号対雑音電力比(S/N)を劣化させる大きな要因となります。実際のところ,無線伝搬路が良好であっても,RF部に掛けるコストを下げると,アナログ回路で生じる歪みによりS/Nが頭打ちになってしまうという状況が起こります。これらの歪みは,温度などの外的要因にも左右される厄介なものであり,アナログ信号処理のみならずデジタル信号処理においても補正が必要な場合があります。

デジタル信号の変復調を行うベースバンド部

 ベースバンドという言葉自体は信号の帯域を表すものですが,ベースバンドLSIなどという場合には,プロトコル・スタックの処理回路も搭載していることが多いでしょう。

†プロトコル・スタック=階層的な通信プロトコル群。例えば,物理層やデータリンク層,ネットワーク層,トランスポート層などがあり,担当する処理を分担している。

 変調方式や誤り訂正符号化方式などがシステムに応じて決められており,送信側では決められた手順通りに処理を行っていきます。一方受信側は,受信信号を処理して符号化や変調の前のデータを取り出します。正しい信号を取り出せればどのような構成を取ってもよいため,チップ・メーカー各社で回路規模や消費電力の差が大きく出てきます。比較すると単純に優劣がつけられる場合がありますが,性能とのトレードオフになっている場合もあります。

 送信側については大部分が1ビット単位のビット列処理になるため,受信側に比べて回路規模も小さく,処理も軽くて済みます。これに対し,受信側の処理はA-D変換器で量子化された複数のビット単位でデータを扱うため,回路規模が大きくなります。無線伝搬路による歪みを取り除いたり,RF部で生じる波形の歪みを補正したりすることが性能向上の鍵になります。

 信号波形を実際に送受信する物理層の性能指標としてはビット誤り率やパケット誤り率などが用いられ,送信側から送られたビット列を受信側で復号した際に誤りが起こる割合によって評価します。プロトコル・スタックは,これらの誤りが生じた場合の再送制御や,送信タイミングの制御,送達確認(ACK)の制御などを行っており,このような制御を行う部分をMAC(medium access control)層と呼びます。一方,このMAC層の信号とワイヤレス信号との間の信号処理部を物理層といいます注1)

注1)MAC層の処理の定義は,システムによって変わります。

 このような物理層とMAC層の処理は,一般的にはプロセサとASIC(application specific integrated circuit)で行われます。無線LAN機能を搭載するノート・パソコンにおいては,この物理層とMAC層の処理を実行するモジュールを作り,Mini-PCIなどのインタフェースを通してパソコンと接続します。これに対し,携帯電話機のようないわゆる組み込みシステム用になると,アプリケーションを含むさまざまな処理を一つのプロセサで実行することもあります。

†Mini-PCI=小型のカード向けPCIバス・インタフェース。ノート・パソコンなどが備える。プロトコルや電気信号は通常のPCIと同じだが,寸法が小さい。