Nさんは,精密電子機器の企業に,技術者として勤めています。入社7年目で,新製品の設計チームの中核として活躍中です。高い技術力を持ち,明朗快活で責任感も強く,上司から大きな期待を寄せられています。そんなNさんですが,最近悩んでいることがあります。上司のE課長もなんとなくそのことに気付いていますが,Nさんの出方を見守っている状態です。

 ある日,E課長に「相談したいことがあるのですが…」とNさんが話し掛けてきました。E課長は会議室の空きを確認して,そこでNさんの相談を聞くことにしました。

「自分の仕事に自信がない…」

 当日,E課長は一抹の不安を感じましたが,普段通りに穏やかな笑顔で「相談とは,どのようなことかな?」とNさんに問いました。E課長が不安を抱く背景には,突然「退職したい」とか「このごろ眠れない」といった,社員たちの深刻な話をよく耳にすることがあるからです。普段明るいNさんは,やや緊張な面持ちで話を切り出しました。

N「実は,この半年ほど前から自分の仕事に自信がなくなっているんです…」

 E課長は,少し驚きましたが,ここはNさんの話をじっくり受け止めることにしました。

E「そうか。どういうところから,そのように感じているの?」

N「入社以来,今の設計業務に携わってきたのですが,徐々に仕事の質も難しくなってきて,私の責任も大きいと感じています。その責任の重さを考えると,心配になるのです。そのうち,大きなミスをして周囲に迷惑を掛けないかと…」

E「なるほど,そういうことか。もう少し詳しく話をしてくれない?」

N「例えば,仕事の中でいろいろな判断が必要になりますが,判断するには目の前で起きているものごとの本質を見極めることが重要だと思います。ものの見方や考え方が不適切だと,その判断も間違えるのではないかと思うわけです。適切なものの見方とはどのようにすればいいのか,正しい判断とはどうすればできるのかといったことが自分の中で漠然としていて,自信が持てないのです」

E「ものの見方や考え方,判断で迷い,悩むということだね?」

N「はい。結局のところ,自分の判断力に自信がないということでしょうね。課長は,このようなご経験はありますか? 私から見れば,いつも自信満々というような気がしますが」

E「いやいや,そんな自信満々なんて,とんでもない。これでも悩みはいろいろとあるよ。私の悩みも聞いてほしいのが本音だが。まあ,今日は君の話を聞く場だから,君のことに集中しよう」

N「そうでした。課長でも悩まれるのですから,まして私のレベルでは当然かもしれませんね」

E「悩むということは誰にでもある。今の悩みが解決しても,次にまた違った悩みに遭遇することもある。悩むということは,それだけ真剣に取り組んでいるということ。進歩へのエネルギーでもあるんだよ。悩むことは自分の現状に満足しないで,より良い方法を模索しているということだからね」

N「悩まなくて済む良い方法はありますか?」

E「おや,原因究明の前に対策立案かい? 元気なN君らしさがでてきたようだね。しかし,ちょっと待ってほしい。ここは,じっくりと悩みの本質をしっかり見据えておきたいところだね」

N「そうですね。つい先を急ぎすぎました」

E「では,来週の金曜日,もう一度話し合う時間を取ることにしたいが,それでも構わないか?」

N「ぜひお願いします。ついでと言っては何ですが,私のチームの他のメンバーにもこの話を聞いてもらい,皆さんの考えや意見も聞いてみたいのですが,よろしいでしょうか?」

E「いいねー。じゃあ,臨時の勉強会にするとしよう。テーマは『ものの見方,考え方を考える』ということで。サブテーマは『人間はなぜ悩み,迷うか』にしよう」

 N君の相談から,臨時の勉強会の開催へと発展することになったわけですが,E課長はあらためて,チーム・メンバーの仕事に対する意識の高さから組織が活性化していると感じたのでした。