今回のポイント
●応力とひずみの関係からフックの法則を導き出す
●突き詰めれば不静定問題もばねの問題に
●ボルトの挙動を想像しトラブルを事前に絶つ

 私は,これまで鑑定人という立場から多くの事故を見てきました。そうしますと,ささいなミスから貴重な命を落としてしまうようなやり切れないケースが実にたくさんある。一つ例を挙げましょう。

 随分前のことになりますが,ある化成品工場でクレーンアームを塗装するための作業台が突然落下し,その台の上で仕事をしていた作業員2人が全身を強く打って亡くなるという事故が発生しました〔図1(a)1)。調べてみますと,作業台をつるためのチェーンを張る角度θが極めて小さい〔図1(b)〕。当然のことながら,チェーンには張力が発生します。それは,θが小さいほど大きくなる。つまり事故当時,作業台をつるチェーンには,極めて大きな張力が発生していたんです。これが,事故の第一の原因でした。

1)沢,「人災だった!作業台の落下事故」,『日経メカニカル』,1999年12月号,pp.70-73.

図1 事故を起こした作業台<br>(a)作業台をつるチェーンは2本(手前と奥)あり,それぞれの中央をクレーンに引っ掛けた。(b)つった状態。チェーンを張る角度θが極めて小さいために,チェーンには大きな力が発生。切れる羽目に。
図1 事故を起こした作業台
(a)作業台をつるチェーンは2本(手前と奥)あり,それぞれの中央をクレーンに引っ掛けた。(b)つった状態。チェーンを張る角度θが極めて小さいために,チェーンには大きな力が発生。切れる羽目に。
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 第二の原因は,チェーンをねじったこと。実は,チェーンはねじればねじるほど破断荷重が小さくなる傾向にある。これに気付かずにねじってしまったんです。その方が「強くなる」と勘違いしてしまったのでしょうか。残念ながら,力学的には全く逆だったということになります。

 こうした間違った使い方をしたために,1~2tのクルマを楽々引っ張れるようなチェーンがいとも簡単に切れてしまいました。作業台の質量と2人の作業員の体重を合わせてたかだか300kgの荷重に耐え切れずに,です。

 返す返すも残念なのは,周囲で危険を察知できなかったこと。「チェーンをそんなに小さな角度で張ったらダメだよ」とか「チェーンをねじったら危ないよ」とか,誰かがチェーンの間違った使い方に気付いて声を掛けていたら,きっと2人が命を落とすことはなかったでしょう。

 技術者にとって大事なのは,こうした感覚的な「気付き」。実際のモノや図面を見ただけで,例えば「ここは危ないんじゃないか」と感じることができる「センス」です。理論的な裏付けはその後にじっくりやればいい。こうしたセンスを磨くには,受験勉強のような記憶力重視の詰め込み型ではダメ。何より「本質」を理解することが重要になります。今号からスタートした『材料力学マンダラ』の狙いは,まさにその一助となることにあります。

デジタル化の弊害

 さて,冒頭の作業台の事故ですが,これはたとえ材料力学を知らなくても危険を察知できます。