これまで説明してきたように,EMCを担当する技術者は,難しい立場にいることが多いものです。しかし,EMCが分かる技術者の存在価値は,電磁環境が複雑になるに伴って高くなっています。ここでは,最初にEMCに関する技術を身に付けるためにどうすればよいのか,を解説します。さらに,設計部門の設計者と試験部門/試験所の測定技術者が,それぞれ着実に実力を高めるにはどうすべきかを解説します(図3)。

図3 設計者/ 測定技術者の効果的な実力アップ方法
(1)と(2)は双方の技術者に共通です。
[画像のクリックで拡大表示]

 なお,電磁雑音を抑えるEMC対策者は,前述のように設計者と分けない方がよいので,ここでは説明しません。

アナログ技術が大切

 まず,EMCを担当する技術者にとって,必修科目というべき分野について述べます。それは,アナログ技術です。

 EMCの基本的知識として,最低限,電子回路の動作を回路図から読めることは当然必要です。そのためには論理回路やトランジスタなどの基本動作に加え,アナログ回路を理解していなければなりません。それは,EMCが電子機器の内部で発生する電磁的な現象だからです。電磁的な現象は,電子工学や電磁気工学などに基づくもので,人間が決めたデジタル論理の世界とは異なり,アナログ回路の振る舞いを知らなければ理解できません。

 もっとも,論理回路だけを扱う技術者でも,今ではアナログ技術を知らなければならなくなっています。電子回路のクロック周波数は,以前はたいていVHF帯域(ローバンドは90M~108MHz,ハイバンドは170M~222MHz)に収まっていましたが,その周波数はうなぎ登りに高くなり,GHz帯域に達するものも登場しています。UHF帯域(470M~770MHz)に入った時点で回路の挙動は,論理回路であってもアナログ的な知識が不可欠になりました。

 通信機能の普及によっても,アナログ技術の重要性は増しています。あらゆる機器が,通信インタフェースで接続されるようになってきました。とりわけ,無線機能は今後も重要な地位を占めるでしょう。EMCと無線技術が密接な関係にあるのは,言うまでもありません。EMCを担当する技術者の活躍の場は広がっています。

 なお,米国のEMC技術者認定制度であるNARTE(National Association for Radio, Telecommunications and Electromagnetics)の資格取得を目指すこともお勧めします。EMCに強い技術者になろうとしたときに,良い目標になります。また米国では,自動車の電装品のEMC試験を行うときの必須資格になっています。日本では,1998年から関西電子工業振興センター(KEC)のNARTE/Japan委員会が中心になって日本国内での試験を行っています。

外に出る

 EMCに強くなるには,技術的に幅広い知識が必要で,着実に推論していく能力が問われます。「EMC対策の秘策はないか」と尋ねられることがよくありますが,そんな秘策は残念ながらありません。シミュレーションが利用しやすくなってきてはいるものの,シミュレーションのみで製品のEMC適合が完了するには至っていません。

 このため,電子機器の開発を実際に手掛けて,EMCの基本と実践力を身に付けていくことが必要です。失敗や苦労を実感してこそ,設計力は高まっていきます。また,医師のように,“臨床”経験の積み重ねがものをいいます。自社製品や競合会社の製品はもちろん,全く関係ない分野のEMC対策にも興味を持って見ることが役に立ちます。

 分野を広げるためには,会社の枠にとらわれない技術者交流が非常に有効です。幸いなことに,EMCに関係する技術者の交流は非常に活発です。EMCの世界は意外に狭く人数が限られているため,工業会や学会に参加してみると主な顔触れはだいたい決まっています。普通に参加していれば,すぐに親しくなり,いろいろと教えてくれるようになります注1)。何か困ったときに助けてくれる社外ネットワークができます。こうした環境を活用することは,非常に役に立ちますし大切です注2)

注1)上司から見ても,外部の研究会は有効です。最近は,自分の部下を厳しく育成しようとすると,上司が部下や周囲の人に誤解され,“パワハラ”(パワー・ハラスメント,権限を悪用して嫌がらせを行うこと)と言われかねません。技術者交流の場となる社外の研究会などの方が利害関係がないので,厳しく指摘しやすいことが多いものです。

注2)次世代を担う若手技術者に,このような社外ネットワークがうまく継承されていくか不安があります。若手を外に出しても,ネットワークがなかなかつくれないようです。筆者は一時,若手に社外ネットワークへの参加を勧めたことがあります。しかし最近,人間関係は継承できず,押し付けられたネットワークでは機能しないと思うようになりました。痛みを感じて行動を起こし,ネットワークの大切さを感じ,その世代のネットワークを自らつくろうと思うまで待つことにしました。