前回,EMC全体をざっと把握しました。それでは,電子機器では具体的にどう対処しているか見てみましょう。EMCに入念に対処していると評価されている機器に,任天堂のゲーム機「Wii」があります注4)。これを題材にして,EMCを初歩から勉強してみましょう(図4図5)。主に「放射」について説明し,次に「伝導」について述べます。

注4)Wii内部を分解し,複数の技術者がEMC技術について評価/分析した記事が,『日経エレクトロニクス』,2006年12月4日号,pp.38-41にあります。

図4 ゲーム機「Wii」に見るEMC対策部品
図4 ゲーム機「Wii」に見るEMC対策部品
説明に利用した一部の部品について記述しました。
【図5 Wii上の放射対策用部品】放射を抑えるために使っている部品の一例。コモンモード・チョークコイル,コンデンサ,フェライト・コアとも複数使われていますが,ここではそれぞれ1個だけ枠で囲いました。
図5 Wii上の放射対策用部品
放射を抑えるために使っている部品の一例。コモンモード・チョークコイル,コンデンサ,フェライト・コアとも複数使われていますが,ここではそれぞれ1個だけ枠で囲いました。
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 なお,ここで挙げているEMC技術は,外から見える部品のいくつかを題材にしているだけです。プリント基板の中の設計などについては言及していません。そういった技術については,今号の他の記事で解説しています。

放射
コモンモード電流を抑える

 Wiiでは,放射エミッション/ イミュニティに対処するため,さまざまな技術が使われています。

 それを説明する前に,少しだけ基礎のキソを説明します。放射する電磁雑音の強度は,ざっくりいうと,発生源となる電流ループの電流値や面積とともに大きくなります注5)。電流は電源線や信号線でつながっているところにもちろん流れますが,つながっていなくても交流電流は流れます。この交流電流のループは,さまざまなところに自然にできて,電磁雑音を発生させてしまいます(後述)。これで基礎のキソは終わりです。

注5)微小磁気双極子モデルによる説明が,『日経エレクトロニクス』,2007年7月2日号の「NEプラス」のP43~P46ページにあります(Tech-On!講座にも掲載しています)。

 では,具体的にWiiの放射電磁雑音対策を見てみましょう。WiiはUSBインタフェースを持っています。ここに接続する周辺機器としては,キーボードやLAN(Ethernet)アダプタなどがあり,将来はHDDなどの記憶装置も製品化されるのではないかといわれています。

 Wii本体とこれらの周辺機器をUSBケーブルでつなぐと,コモンモード電流と呼ばれる電流が流れることがあります。このメカニズムやとらえ方,対策方法について諸説がありますが,ここでは直観的にイメージしやすい説明について紹介します注6)

注6)コモンモードの原理については,次回に詳しい説明があります。オームの法則を知っていれば,すぐに理解できるはずです。コモンモードという呼び名の由来も,ここで説明しています。なおコモンモードについては,学会や大学などで盛んに研究されています。

 図6に,床などを通ってWiiに戻るコモンモード電流を示しました。床そのものはカーペットやフローリング材のような絶縁体であっても,コモンモードの電流ループはできます。床上あるいは床下には,さまざまな配線やコンクリート内の鉄筋,配管などの導体が通っていることが多いものです。この導体がグラウンドとして働きます。WiiやLANアダプタなどの電子機器が床に置いてあると,電子機器と床の導体が浮遊容量で結合し,交流電流から見ればループができることがあります。また,電子機器が家庭の交流電源(AC100V)のコンセントにつながっていれば,宅内の電源の配線を介して電子機器がつながり,コモンモード電流のループを形成することもあります。

図6 コモンモード・チョークコイルでコモンモードの電流ループを切る
図6 コモンモード・チョークコイルでコモンモードの電流ループを切る
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 このほか,ケーブルとWii本体間に発生する浮遊容量を充電するような形でも,コモンモード電流は流れると考えられています。プリント基板のグラウンド面にケーブルなどを付ければ,グラウンド・バウンスなどによる起電力でケーブルにコモンモード電流が流れ,ケーブルの共振周波数で強い放射が発生します。

 今回のような電子機器とケーブルがある場合,たった数μAという交流電流が流れるだけで,情報機器のEMC規格の上限を超える電磁雑音が出てしまうときがあります(本連載の「測定のトラブルシューティング事例」を参照)。

 このためWiiでは,「コモンモード・チョークコイル」を利用しています。コモンモード・チョークコイルは,図7のようにコモンモード電流を遮断するフィルタとして働きます。

図7 コモンモード・チョークコイルの構造とその効果
図7 コモンモード・チョークコイルの構造とその効果
コモンモード・チョークコイルは,2本の線をフェライト材料に巻き付けたもの。この2本の線に電流を流すと,コア内部に磁束が発生する。2本の電流が同じ向きの場合は,磁束が強め合うため逆起電力が発生し,電流を流さないようにする(a)。電流が逆向きの場合は,発生した磁束が打ち消し合い,インダクタがないときと同様になる(b)。

 また,「フェライト・コア」もさまざまな所に利用されています。フェライト・コアもやはりフィルタの一種です。等価回路は,コモンモード・チョークコイルと同様にインダクタと抵抗が直列につながったもので,余計な電流を熱に変えてくれます注7)。このため,コモンモード・チョークコイルの代わりに,ケーブルにフェライト・コアを付ける場合もよくあります。

注7)コモンモード・チョークコイルは,フェライト材料に導線を数回巻いたフィルタです。これに対し,矩形や円筒形のフェライト・コアは,フェライト材料に導線を1回巻いたフィルタと考えることができます。なお,フェライト・コアにはプリント基板上のチップ部品の製品もあります。チップ部品内では,端子間を結ぶ導線の周囲をフェライト材料で囲っています。

 Wiiで面白いのが,ヒートシンクの裏に取り付けられたフェライト・コアです。プリント基板のグラウンド層とヒートシンクの接続部に挿入することで,グラウンド層からヒートシンク,さらにヒートシンクと浮遊容量で結合する周囲の金属への高周波の電流ループを遮断しようとしたのではないかとみられます。Wiiを分解したときに立ち会った技術者は,「こんなの初めて見た」と驚いていました注8)。プリント基板上には,普通のチップ部品のフェライト・コアもありました。

注8)このフェライト・コアの働きや効果は,設計者やEMC技術者の間で議論の対象になっています。