周波数ドメインの波形分析は大変有効だが,分析に当たっては計測器の性能に対して注意する必要がある。信号波形を周波数スペクトルで評価したとき,分析した一つひとつの周波数成分のエネルギーは,信号の総エネルギーを周波数で分解するために微小なものとなる。そのような微小なエネルギーのものを使って,雑音成分を観測しているのだ。このため,周波数スペクトル分析を行う場合には,使用する計測器の最小エネルギー分析性能の影響を受けることになる。

 さらに,ランダム雑音を分析するときには細心の注意が要る。ランダム雑音はもともと,周波数スペクトルに分解すると広帯域にわたって微小なエネルギーが広がっている雑音である。計測器自体も,微小ではあるが同レベルのランダム雑音を持っている。このため,観測結果から観測したい雑音成分と計測器による雑音成分を分離することが必要となる。

 そこで,ここではランダム成分を評価する際に踏まえておくべきポイントとして,計測器自体が持つ外乱要因の「ノイズ・フロア」と,その観測結果に与える影響を説明する。

 オシロスコープを使った場合,ノイズ・フロアはランダム雑音の分析結果に無視できない影響を与えてしまう。オシロスコープのプローブ先端を短絡すると,本来は電位差がゼロであるために,オシロスコープには電位差が全く表示されないはずである。しかし,実際には微小な雑音が観測される。これがノイズ・フロアと呼ばれる,計測器の持つ雑音である。一般に,ノイズ・フロアを周波数スペクトルで分析すると,計測器内の回路で発生する雑音,例えばA-D変換のサンプリング周波数などの逓倍周期性成分として現れる周期性雑音や,高周波帯域まで広く分布するようなランダム成分の微小な広帯域雑音が観測される。

 観測対象となる高速伝送系と同様に,オシロスコープなどの計測器も半導体素子や抵抗素子などを使って造られている以上,被観測物である伝送系に存在する微小なランダム雑音と同レベルの雑音を計測器自体が持ってしまうことはやむを得ないことかもしれない。高速伝送系のランダム雑音量をゼロにすることができないことと同様に,計測器の雑音量をゼロにすることは現実には難しいのであろう。高速伝送信号を評価するためには,周波数帯域が高周波帯域まで大きく広がり,かつ微小な雑音レベルまで気にした分析を行わなければならない。しかし実際には,計測器のノイズ・フロアが測定結果へ与える影響も無視できなくなってしまう。