本講座では,電気自動車や2足歩行ロボットなどの移動装備型製品で多用されているパワー・エレクトロニクスについて解説する。今回は,電源装置から放熱装置まで多様なシステムを搭載し,かつ小型軽量化が求められる移動装備型製品の特徴や開発体制の実態などを紹介する。(日経エレクトロニクスによる要約)

 パワー・エレクトロニクス技術は半導体デバイスや制御技術などの進歩,さらには省エネルギーに代表される社会ニーズに支えられ,固定設備を中心に急速に進展してきた。従来は電力設備で使われるなど裏方的な存在だったが,今や身近な家電製品にまで応用されるようになった(図1,表1)。最近では,電気自動車や2輪のパーソナル・トランスポーターのような車輪走行システムのほか,2足歩行ロボットなどにも応用が広がりつつある(図2,表2)。

図1 省エネルギーをウリに発展している固定設備型パワー・エレクトロニク ス製品
図1 省エネルギーをウリに発展している固定設備型パワー・エレクトロニク ス製品
パワー・エレクトロニクス技術は産業設備から家電製品まで,省エネルギーをうたうさまざまな製品で採用されている。
表1 パワー・エレクトロニクスの応用分野(固定設備)
表1 パワー・エレクトロニクスの応用分野(固定設備)
*1 電気鉄道は車両にインバータ/モータなどの移動装備があるが,床下や屋上には搭載スペースが十分にある。また,変電設備や架線,フライホイール蓄電システムなどの固定設備インフラに支えられているため,モノづくりの視点から固定設備に分類した。強いて言えば,移動設備型である。
図2 新たな展開を見せ始めた移動装備型パワー・エレクトロニクス製品
図2 新たな展開を見せ始めた移動装備型パワー・エレクトロニクス製品
パワー・エレクトロニクス技術は電気自動車や2足歩行ロボットなどの移動装備にも応用され始めている。
表2 パワー・エレクトロニクスの応用分野(移動装備)
表2 パワー・エレクトロニクスの応用分野(移動装備)

 こうした移動装備型パワー・エレクトロニクス製品の大きな特徴は,電源コードや冷却配管がない自己完結システムで,小型軽量であることだ。本連載ではこれらを「モービル・パワー・エレクトロニクス」と呼び,モノづくり,特に概念設計のための巨視的な工学体系について解説する。

モノづくりの視点で見ると全体構想が複雑に

 モノづくりの標準プロセスにおける設計とは,抽象的な要求仕様をモノの実体に変換していくプロセスで,大きく全体構想(概念設計)と詳細設計に分かれる(図3)。ここでアーキテクチャとは,部品のレイアウトや構成要素間の関係を表す用語である。これに対して,製品を支える下部構造の場合はプラットフォームと呼ぶ。モノづくりの観点から見ると,モービル・パワー・エレクトロニクスはアーキテクチャ全体の構想段階が複雑になる(図4)。具体的には,以下の通りである。

図3 一般的なモノづくりのプロセス
図3 一般的なモノづくりのプロセス
顧客の要求品質を機能品質展開などの手法によって製品の機能(品質特性)に翻訳し,概念設計で製品の基本構造(アーキテクチャ)に落とし込む。最後にオーダーメードの詳細設計または既製部品の組み込みを行う。図中,要求品質とは狭義の品質ではなく顧客の製品に対する期待を指す。全体構想(概念設計)とは,部品ではなく製品全体像の設計をいう。QFDは品質機能展開(quality function deployment)である。
図4 アーキテクチャ全体の構想段階が複雑
図4 アーキテクチャ全体の構想段階が複雑
モノづくりの観点からすると,移動装備で用いられるモービル・パワー・エレクトロニクスはアーキテクチャ全体の構想段階が複雑になる。
内部構造の複雑度が高い1)
  • 電源装置から放熱装置まですべての要素を備える。
  • 効率よく移動するためには,装備が小型で軽い必要がある。
  • 上記の理由から,部品のレイアウトや熱的/電磁気的な干渉が大きな問題になる。
品質要求の複雑度が高い1)
  • 機械と人間のインタフェースが多様で,顧客の要求も好みで分かれる。
  • 固定設備と違って,移動するとさまざまな環境条件や運転条件に遭遇する。
  • 製品に関する国内法規や国際規格,認証制度などが複雑に絡んでいる。

参考文献
1)Clark,K. B. et al.,“Product Development Performance-Strategy, Organization, and Management in the World Auto Industry,”Harvard Business School Press,1991.