2011年7月、経済産業省に「ヘルスケア産業課」が誕生した。従来の「サービス産業課」を母体とした課である。名称変更の背景には、新たなヘルスケア産業の創出に向けた国の力強い意思がある。同課長の藤本氏に話を聞いた。

(聞き手は小谷 卓也)


――─これまではサービス産業課という名称だったわけですが、ヘルスケア産業課に変わったことで、従来との明確な違いはありますか。

藤本康二氏
藤本 康二(ふじもと・こうじ)氏
(写真:栗原 克己)

 ヘルスケア産業課と名乗ったからには、常にそれ(ヘルスケア)を考える必要があります。逃げられません。間違いなく、職員の意識もヘルスケアにフォーカスします。我々は何をやるのか、つまりコミットメントですね

――ヘルスケア産業課の役割は何ですか。

 日本の医療産業は今、主に厚生労働省を中心とした医療保険制度の中で動いています。もちろんこれは、これからも維持していくべき重要な制度です。一方で、今後ますます増えていくであろう医療に対する多種多様なニーズにどう応えていくのかを考えると、医療保険制度の枠の中だけで対応するのは難しくなってくるでしょう。そこに、大きな産業の種があると見ています。

 例えば、病院のメニューは基本的に、診療報酬を前提に設定されています。もちろん、現状の制度において、病院にとっては当然のことです。しかし、患者によっては、メニューに載っていないサービスを求めている場合もあると思います。こうした保険外のニーズに応えるサービスがもっと生まれてきても良いと考えています。それを、いかにビジネスとして形にしていくのかを考えるのが、重要な役割です。良い意味で、新たな市場の拡大につながるでしょう。これがヘルスケア産業課というように、名前に「産業」が付いているゆえんです。

 いわゆる“計画経済”と言える現行の医療保険制度を尊重しつつ、その枠に収まらない“自由経済”の部分を拡大させようというわけです。医療保険制度の「中」と「外」のハイブリッドのシステムにしていくことで、日本の医療の分野はより良い方向に伸びていくと考えています。

――「メニューに載っていない医療保険外のニーズ」は、どのように拾い上げていくのですか。

藤本康二氏
(写真:栗原 克己)

 まさに、そこが保険外のヘルスケア産業の大きなポイントになります。国として柱を立てる上では、きちんと予測すべきこともありますが、まずはサービスを提供する機関が患者からニーズを聞き取って、自分で値段を付けて、自立的にニーズに応えていくということです。医療だから特別ということではなく、一般の市場と同じ原理で考えることが重要だと思います。

 (医療保険制度のように)誰かが議論して、これが日本国に必要なメニューですと提示しても、コアな部分は良いかもしれませんが、個人の生活の好みが入ってくる部分や地域ごとのニーズにまでは対応できません。さらに、国の制度の場合は簡単には変えられませんが、保険外の場合、もし人気が出なかったメニューがあればどんどん変えていくことができます。より良いサービスを提供する競争が起きるわけですよね。

 例えば、農業が盛んな地域においては、農作業とリハビリを組み合わせたようなサービスへのニーズがあるかもしれません。「こういう立ち方で作業すると良い」などと理学療法士がアドバイスするとか。その地域だけかもしれないけれども、何らかの形で経済が回っていくようにするのが、我々の仕事だと思います。医療保険制度のように全国一律である必要はなく、ある事業単位で自立的に回る規模であれば、それで十分です。

 産業が発展するのは、そこにどれだけ先鋭的なニーズがあるかどうかです。ヘルスケアの分野では、これまで満たされていない多くのニーズがあると見ています。ただし、誰かがメニューに載せない限り、それは産業にはつながりませんから。

――今後、保険外のサービスを提供していく主体となる事業者は、どのような業種の企業だと見ていますか。

 私は、医療機関だと思います。医療機関にもっと、保険外の事業に関心を持ってもらう必要がありますし、そのために我々も何をすべきか考えなければなりません。決して、何から何まで医療機関が手を煩わせる必要はなく、枠組みを作った上で、民間事業者とうまく協力すれば良いと思います。

 例えば、健康状態を測定する機器を多くのメーカーが開発しているわけですが、今これらは医療機関とは切り離されています。医療機関が主体となってそうした機器を働き盛りの人にレンタルして、測定データに何か問題が出てくれば医師が対応しますといったサービスも考えられます。

 医療機関と個々の消費者の間で、そうした関係を持っても全然おかしくないでしょう。契約関係で成り立つ世界ですよね。保険を前提にしたこれまでの関係とは、別の世界です。

――仮に、医療機関が主体となった保険外のサービスが活発になるならば、健康データの一元管理や「どこでもMY病院」のような仕組みも、自然発生的に構築されていく可能性が考えられそうです。

 その通りです。政府が掲げる「どこでもMY病院」的な発想は、もちろん正しくて必要なことだと思います。ただし、政府の議論でまだ足りていないのは、財源をどうするかという点です。一方で、先ほどからお話している保険外のサービスは、そのサービスを必要とする人がお金を支払うというところから始まっていますから、進み出せば速いかもしれません。

――今後、医療機関が本当に保険外の事業にも目を向けるようになるのかという点については、懐疑的な見方もできます。

藤本康二氏
(写真:栗原 克己)

 保険外の部分に興味を持つ医師は、少しずつ増えているように感じています。患者の多様なニーズに応えることで、それに対して対価がもらえるのであれば、やっても良いという気持ちがだんだん増してきているのではないでしょうか。

 もちろん、うまくいくかどうか分かりません。あるいは、やろうとした際に、実際にビジネスを成立させるための手法が分からないケースが多いでしょう。今までとは異なるノウハウも必要になりますから。

 協力する民間企業とどうリスクをシェアしながら進めていくのかなど、お互いに勉強しながら少しずつ取り組む段階だと思います。そういう意味で、国が関わる意味があるわけです。実証調査事業のように、まずは、国のある程度の委託の中で進めてもらい、うまく回るようならば、あとは自由にやってくださいということです。

 やはり、ヘルスケア・サービスの根幹は医療技術です。そこが欠けてしまってはダメです。ですから、医療機関に事業として取り組むというコミットメントをしてもらうことは不可欠だと思います。一方で、民間企業の側でも、これまで医療は何となく「アンタッチャブル」という感覚があったわけですが、もっと医療に歩み寄って、医療機関とうまく会話をしていくことも欠かせません。そういう“お見合い”の場を作るのも我々の役割の一つだと考えています。

――そうしたものがうまく進んでいけば、冒頭でおっしゃっていた「ハイブリッド」のシステムが回り始めるわけですね。

 そうです。日本の医療保険制度という世界に誇れる計画経済の仕組みと、保険外の自由経済の部分がうまく重なり合いながら、さまざまなニーズに対応していく世界です。どっちが良い、悪いではなくて、二つの折り合いを付けることで成り立たせるシステムです。こうしたシステムは、実現すれば世界初のはずです。