[画像のクリックで拡大表示]

 最近、技術者の間で「達人出版会」という出版社が注目を集めている。ソフトウエア技術者である高橋征義氏が一人で立ち上げた、電子出版専業の出版社だ。同氏は、プログラミング言語Rubyの利用者/開発者の支援組織である「日本Rubyの会」の会長という顔も持つ。同社の立ち上げの経緯などを高橋氏に聞いた。(聞き手は大森 敏行=日経エレクトロニクス)

問 なぜ会社を作ろうと思ったのですか。

高橋氏 きっかけは、2009年秋頃に「技術者がきちんとビジネスやマネタイズのことを考えるにはどうすればいいか」という勉強会の立ち上げを準備する飲み会に参加したことです。そのときに「どんなビジネスをすればいいか」を他の技術者と話し合っていて、米国の「Pragmatic Bookshelf」や「PeepCode」といった、良質な技術コンテンツを提供するサービスが日本にも欲しいという話になりました。Pragmatic Bookshelfは紙の書籍と電子書籍の両方を手掛けており、PeepCodeは電子出版専業です。日本の出版社もそうしたサービスを手掛けてくれないかと期待していたのですが、どうも既存の出版の枠組みの中では、企業として取り組むのは難しいようでした。

 その飲み会では「雑誌の特集くらいの分量の電子コンテンツを1000円程度で売るのはどうか」というアイデアが出ました。Pragmatic BookshelfよりはPeepCodeに近い感じです。技術的に実現可能かどうかを後で調べたら、既存のツールを組み合わせればシステムを構築できそうなことが分かりました。

問 それまで勤めていた企業を退職して起業することに不安はなかったですか。

高橋氏 当初は会社に勤めながらサービスの検討を行っていました。しかし自分自身、既に「昼の仕事」「Rubyコミュニティーの活動」「原稿執筆(Amazonでの書籍検索結果)」の三つを抱えていました。電子出版サービスは片手間ではできません。これ以上、負荷が増えるのは無理だと判断し、「それなら仕事を切るか」と決断しました。

 勤務していた会社を2010年3月末に退社し、同年6月に株式会社として達人出版会を設立しました。といっても社員は私一人だけですが。ちょうど2010年1月にiPadが発表され、iPadの発売と前後して電子書籍が急速に盛り上がったのもいいタイミングでした。執筆した書籍が幾つか出版されて、それほど多くはないですが、印税や原稿収入が入ってきたということもあります。

 実務面では、東京商工会議所が開催していた起業支援セミナーに参加して、起業にかかる費用、会計やマーケティングの初歩といったことを学ぶことができたのが助かりました。「最初は事務所を借りてはいけない」といったことが分かりました。ですから今の事務所は自宅です。

 ランニング・コストもほとんど掛かっていません。生活費を除けば、VPS(仮想専用サーバー)の料金を月に3000~4000円払っているだけです。個人的な通信費の方が高いくらいです。

 とはいえ、資金的には楽ではありません。累計ではまだ赤字です。月に2冊くらいのペースで新規の書籍を出版しなければ苦しいと思っています。