Liイオン2次電池は,1990年代初頭に本格的に実用化してから20年弱の間に容量が急速に増加し,市場は急成長した。今後も,携帯機器をはじめ,電動車両やグリーン社会用蓄電池などへ用途を広げていくと考えられている。

 実用化前の研究段階から長年にわたって開発に携わり,Liイオン2次電池の生みの親と言われる元ソニー 業務執行役員上席常務の西美緒氏に,現状と課題,今後の開発の方向性を聞いた。(聞き手は安保秀雄=編集委員)

問 Liイオン2次電池の用途は,どのように広がってきたのでしょうか。

西 美緒氏
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西氏 1990年代の導入期には,家庭用ビデオ・カメラやMDプレーヤのようなAV機器を Liイオン2次電池の応用のターゲットにしていました。しかし,少量の生産量で十分対応でき,この電池が主流になるという予感はまったくありませんでした。

 ところが,まもなくノート・パソコンがLiイオン2次電池を使い始め,それ以降急速に伸び始めました。あるパソコン・メーカーが,「米国のニューヨークからロサンゼルスまでの5時間のフライト中で充電なしに使用できる」という宣伝広告を打ち出したのがきっかけだったと聞いています。普及期から隆盛期にかけてLiイオン2次電池を牽引したのは,ノート・パソコン,次いで携帯電話機でした。

 さらに,2000 年代に入ると,デジタル・スチル・カメラや電動工具(パワー・ツール),ゲーム機などにも採用されるようになりました。今後は,低炭素時代を迎えることによる時代の要請もあり,ハイブリッド自動車や電気自動車,産業や家庭用の定置型電源などに用途を広げていくと考えられています。

図1 エネルギー密度の推移
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 Liイオン2次電池は,その後の技術開発によってエネルギー密度が年々着実に伸び続けました(図1)。安全性を確保するための対策も,地道に積み重ねられました。それらが市場拡大に貢献しました。

問 エネルギー密度向上のカギは何でしょうか。今後も,エネルギー密度は高くなっていくのでしょうか。

西氏 電池のエネルギー密度向上には,二つの方法があります。一つは,電気を生み出すことには寄与しない部材,たとえば,正負極の集電体やセパレーターを薄くする,バインダーや導電補助材を減らす,といった方法です。つまり,電池設計でカバーできる領域です。しかし,これには限界があります。

 もう一つは,電極活物質(正極,負極)の単位重量あるいは単位体積あたりの容量を大きくすることです。材料開発は長期に渡って続いています(関連記事 ソニー,燃料電池とLiイオンの将来を語る)。正極の LiCoO2 は Liイオン2次電池 の立ち上げ期からほぼ理論限界に近い容量で使用されており,電池容量の改善はもっぱら負極の性能に頼って行なわれてきました。

 たとえば,最初の Liイオン2次電池に使われた負極用カーボン(コークス)の能力は250mAh/gほどで,しかも初期充放電効率は80%程度にすぎませんでした。現在の負極用カーボン(グラファイト)では,その能力は理論容量372mAh/gに限りなく近く,初期効率も95%を越えています。これに伴って,エネルギー密度も初期の200Wh/l,80Wh/kgから現在では600Wh/l,220Wh/kgへと増加しました。

 しかし,負極にカーボン(グラファイト)を使用する限りにおいては,現在では理論的限界にほぼ達しており,次世代の負極開発が急務となっています。その候補としては,スズ(Sn)やケイ素(Si)があり,前者はグラファイトの3倍,後者は10倍以上の理論容量があります。

 一方,正極活物質は,容量面での進歩がほとんど見られませんでした。LiCoO2より高い容量の正極にはLiNiO2があり,正極容量としては10~20%増が見込めます。しかし,LiNiO2は安全性の面で非常に問題が多く,ほとんど用いられておりません。

 最近では,Liイオン2次電池の電圧を4.2 V以上に,たとえば4.4 Vに引き上げ,放電電流値が同じであってもエネルギー容量(Wh)では大きくなるという正極材量が一部で使われています。

 材料的には容量の向上は続くことは,上に述べたように少なくとも負極から見れば,間違いありません。