日経ものづくり 直言

ITは押し付けより合意
失敗を人のせいにしない

 自動改札機を通るとき,もし切符が出てこなかったら,と恐怖にも似た思いをする。「切符は確かに持っていた」と主張するための証拠がなくなってしまうように思えるからである。その点 ICカードはタッチするだけでよく,機械に取り込まれる不安がない。利用者からよく見える,納得しやすいシステムであるといえよう。
 ITについても重要なのは,システムの利用者が納得できること。利用者の視点でシステムが設計されるべきであるのは当然として,今,改めて開発者と利用者との合意をいかに形成するかが問われている。
 これまでの時代,先端性と魅力度を誇示することがIT化の推進において効果的だった。その半面,実は利用者の違和感も増大してきたのである。IT化がうまくいかないときに,IT投資は正しいのだ,利用者が遅れているのだ,といったところで利用は促進できなくなった。
 ITに限らず,さまざまな経営手法や技術の国際移転にも似たことがいえる。たいていの場合,移転元の方が優れており,移転先が発展途上,つまり遅れているという暗黙の了解のもとに,やや押し付け気味に進行することになる。移転がうまく行かなければ技術レベルが低い,スキル不足だ,人材がいない,さらに文化の違いだと,移転元が改善を迫ってくる。一時ブームになったERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)導入でこれを感じた企業も多いだろう。

日経ものづくり 直言
武蔵大学経済学部教授
松島 桂樹

1948年生まれ。日本IBM,岐阜経済大学(教授)などを経て2001年から現職。著書に『情報ネットワークを活用したモノづくり経営』(中央経済社)など。