同じ熱量当たりで比べると、価格が原油の1/4以下のシェールガスはクルマの燃料としても使える。一方で、シェールオイルの増産が世界的に進んで原油の生産量が大幅に増えれば、ガソリン価格の低下も期待できる。ガソリン価格が下がれば、低燃費に対するニーズは減退し、エコカーの存在意義が揺らぐ可能性が出てくる。

 シェール革命の自動車分野に及ぼす影響を考えるに当たって、まず2つのクルマに注目したい。1つは、米国において、乗用車とトラックを合わせた全車種の中で最も売れている米Ford Motor社の「F」シリーズ(図1)。もう1つは、2013年3月開催のジュネーブモーターショーでドイツAudi 社が発表した、天然ガスとガソリンの両方を燃料として使えるバイフューエル車「A3 Sportsback g-tron」だ(図2)。

 Fシリーズは、大排気量のエンジンを搭載した大型ピックアップ・トラックである。シリーズの主力「F-150」は排気量3.5~6.2Lのガソリンエンジンを搭載し、米国環境保護庁による市街地モードの燃費は15~17mile/ガロン(6.4~7.2km/L)。「プリウス」(トヨタ自動車)の同燃費は51mile/ガロン(21.7km/L)なので、F-150はプリウスの約3倍のガソリンを消費する。全長は5mを大きく上回り全幅も約2mに達する。まさに大型車の名前にふさわしい堂々とした車体だ。

 Fシリーズ全体の月間販売台数は、2013年1~9月の平均で約6万2200台。乗用車としては米国で最も売れている「カムリ」が同3万5400台程度なので、その約1.8倍である。エコカーの代表であるプリウスと比較すると、約3倍の販売台数となる。前年の1~9月の販売台数との比較でも、Fシリーズは約20%増と大きく伸びているのに対し、カムリとプリウスはほぼ横ばいだ。

 一方、Audi社のA3 Sportsback g-tronはガソリンだけではなく天然ガス、つまりシェールガスも燃料として使えることが特徴だ。車体もコンパクトで、走行1km当たりの二酸化炭素(CO2)の排出量で示す欧州モードの燃費は95g/kmと、プリウスの89g/kmに迫る。

 同車は圧力20MPaの圧縮天然ガス(CNG)タンク2本と、容積40Lのガソリンタンクを搭載する1)。そのため、天然ガスの供給インフラが整っていない地域でも十分な航続距離を確保できる。Audi社は同車を2013年内に発売する方針だ。

 シェール革命で天然ガスの価格が劇的に下がった米国では、現行の天然ガスとガソリンの価格を前提として同じ熱量で比較すると、天然ガスの燃料代はガソリンの約半分で済む*1。ここまでコストに差があるなら、米国市場の人気車種が、ピックアップ・トラックからコンパクトなバイフューエル車に移行しそうに見える。だが、話は単純ではない。

〔以下、日経ものづくり2013年11月号に掲載〕

米国市場において、乗用車とトラックを合わせた全車種の中で最も販売台数が多いのは米Ford Motor社の大型ピックアップ・トラックの「F」シリーズ。最も売れている乗用車である「カムリ」(トヨタ自動車)の約1.8倍、代表的なエコカーである「プリウス」(同)の約3倍の売れ行きを示す。Fシリーズの燃料消費量はプリウスの約3倍である。
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図1●米国で最も売れている「F」シリーズ
図1●米国で最も売れている「F」シリーズ
全長は5m以上、全幅は2mに達する米Ford 社製の大型ピックアップ・トラック。市街地での燃費は15~17mile/ガロン(6.4~7.2km/L)。価格は2万4070米ドルから。
図2●Audi社が開発したバイフューエル車「A3 Sportsback g-tron」
図2●Audi社が開発したバイフューエル車「A3 Sportsback g-tron」
ガソリンだけではなく天然ガスも燃料として使える。走行1km当たりのCO2排出量は95g/kmで、プリウスの89g/kmに迫る。Audi社は年内に発売する方針。価格は未定。 写真:日経Automotive Technology

*1 自動車燃料としての天然ガスとガソリンの価格差は、ガスの圧縮工程や供給などにコストがかかるため、天然ガスと原油の価格差よりも小さい。

1) 鶴原,「【ジュネーブショー】Audi社、PHEVの『A3 e-tron』とバイフューエル車の『A3 Sportsback g-tron』を出展」,2013年3月12日, http://techon.nikkeibp.co.jp/article/EVENT/20130312/270696/