若手技術者の育成はどのメーカーにも共通した課題です。「ミニチュアラインの製作で 全工程を見渡せる力を伸ばす」では、曙ブレーキ工業が独自に考案した若手研修「ミニチュア生産ラインの製作」をドキュメントタッチでお届けします。研修生たちの意識の変化と気付きが見どころです。

若手を「考えない人」にしたくない

 1929年に創業した曙ブレーキ工業は、日本では比較的早くから自動車向けブレーキの製造に携わってきた部品メーカーの老舗だ。主要顧客は日産自動車、トヨタ自動車、ホンダ、米General Motors社など幅広い。1990年代以降は北米や欧州諸国に、2000年代半ば以降はタイやベトナムといった新興国にも進出して事業を拡大してきた。2012年度の売上高は約2060億円、従業員数は約8300人(2013年3月末時点)だ。

 近年の激しいグローバル競争を生き抜くためには、同社は自らの頭で考える技術者の育成が欠かせないとしている。しかし、現実がその理想に追いついていなかった。そこで同社が、生産技術部門の若手向けに独自に考案した研修が「ミニチュア生産ラインの製作」である。第1回は、この研修の概要と研修が生まれた背景に焦点を当てる。

 

それはショーケースの中に

 2013年3月29日午前9時、埼玉県羽生市。薄曇りの空から降り注ぐ柔らかな光が、曙ブレーキ工業本社「Ai-City」に降り注いでいた。本社棟の正面の壁は、全面ガラス張り。玄関を入ってすぐのロビーは2階まで吹き抜けになっており、薄曇りでも十分な光がロビー全体を照らしている。同社代表取締役社長の信元久隆は、そんな明るい日射しの中をロビーへ向かって歩いていた。その向かう先では、生産技術部門の若手技術者7人が信元の到着を今か今かと待ち構えていた。信元の姿を見るや、一斉に頭を下げる。

 「おっ、できたか」

 信元がそう声を掛けると、1人が信元の前に歩み出た。同部門生技開発部機構次世代設備開発課の北島洋志である。北島の横には、何やら博物館に飾ってあるようなショーケースが置いてあった。そのケースのサイズは、長さが1.6m、奥行きが1m、高さが70cm強といったところか。北島は信元に一礼すると、すぐにショーケースの正面に取り付けられたタッチパネルに触れた。すると、「それ」はカタコトと音を立てて動き始めた。信元が思わずしゃがみ込み、ショーケースに顔を近づける(図1)。

 そこには種類の異なる小さな生産設備の模型が6台、横一列に並んでいた。それぞれの設備の上では、円盤のような部品が左から右へと流れる様子が再現されていた。よく見ると、1つひとつがドラムブレーキの筐体の形をしている。「それ」とは、同社が生産するドラムブレーキの筐体が造られるまでを模擬した「ミニチュア生産ライン」だった。製作したのは、ロビーで信元を待ち受けていた7人の若手技術者たちである。

 信元は、神妙な面持ちで北島の説明に耳を傾けていた。出来栄えが不満だったからではない。むしろ、その逆である。


〔以下、日経ものづくり2013年10月号に掲載〕

図1●完成したミニチュアラインを社長にお披露目(2013年3月)
図1●完成したミニチュアラインを社長にお披露目(2013年3月)
6カ月間の研修の最後を締めくくるのが、社長の信元久隆(右端)へのお披露目会だ。2012年度のリーダーを務めた北島洋志(右から2人目)は、緊張した面持ちでミニチュアラインの解説を始めた。 写真:谷山 實