グローバルセンスは、視野を世界へと広げるために必要なさまざまなテーマを、全ての技術者を対象にして紹介するコラムです。「サムスン競争力の研究」は、韓国Samsung Electronics社の躍進の要因を明らかにし、それを基に日本のものづくりを考察する元同社常務の吉川良三氏の解説です。

 日本の電機メーカーの業績がいよいよ怪しくなる少し前、2010年頃のことだったと思う。筆者は、ある大手電機メーカーの技術者たちと話す機会があった。韓国Samsung Electronics社の売れている製品を分解したり調べたりといったベンチマークをしているか否かを聞いたところ、「当然している」という答えが返ってきた。面白いのは、その結果について「でも、Samsung Electronics社の製品は、技術的には全部不合格です。うちの検査基準では不良品で、とても出荷できるものではありません」と言ったことだ。

 具体的に何が不良なのかまでは聞かなかったが、要するに「よくこんなものを売っているな」という評価なのだ。しかし、その製品がグローバル市場でよく売れていたのが現実だ。海外勤務の経験に乏しいためか、多くの日本の技術者はグローバル市場の現実が分かっていない。筆者は「Samsung Electronics社の製品は不良品」と言った技術者たちに、「グローバル市場では、あなたたちの考えは通用しないかもしれませんよ」と申し上げておいた。

“検査自慢”は通用するか

 グローバル市場の現実を知らないと、日本メーカーに根強い「売れていなくても、技術力は高い」という思いは、より強くなるだろう。はっきりとは言わなかったが、その技術者たちは「売れないのは営業やマーケティングのせいである」と本音では思っていたようだった。そう思う技術者は、一度新興国に出て、Samsung Electronics社の地域専門家のように、現地でよく話を聞いた方がいいと思う。

 その、グローバル市場と国内市場で大きく異なるものの1つが検査の捉え方だ。日本メーカーは特に品質を重視するから、工程内や工程間でも厳重に検査をして、顧客はもちろん、後工程にも不良を流さないように努力している。しかしそれは、少なくとも顧客に対して自慢できることではない、というのがグローバル市場での常識である。

 日本メーカーはよく「うちは100人にも及ぶ体制でばっちり検査を実行しています」とか「工程ごとに検査して品質を造り込んでいます」とか言う。そう言われたグローバル市場の多くの顧客はどんな反応を見せるだろうか。「その検査の費用を製品に乗せないようにしてください」と言われるのがオチだ(図1)。

 顧客からすると、検査コストは不良対策コストに他ならず、つまり純粋にメーカー内部の問題である。「要求仕様を実現してくれることには対価を支払うが、不良対策コストをこっちが負担する理由はない。検査していることをことさら強調されても、そんなことに興味はない」というのが彼らの本音だ。むしろ、ばっちり検査していると強調するほど、逆に不良が出やすい工場で造っているのでは、と勘ぐられる可能性もある。

 このように、日本メーカーが内部で考えることと、グローバル市場、特に新興国の顧客が考えることは大きく異なる。確かに、人命にかかわるような製品や、一刻でも止まると困る設備、品質の高さが売りの製品に関して検査を軽視するようなことはあってはならない。だが、個人向けの家電製品やデジタル機器のような製品に関しても、いまだに日本メーカーの多くは「ばっちり検査しているから品質が良い」という言い方をすることが多いようだ。

〔以下、日経ものづくり2013年10月号に掲載〕

図1●検査に対する顧客の見方
図1●検査に対する顧客の見方
グローバル市場では、検査を厳重に何度もやることが必ずしも信頼感につながらない。

吉川良三(よしかわ・りょうぞう)
東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター
1964年日立製作所に入社後、ソフトウエア開発に従事。1989年に日本鋼管(現JFEホールディングス)エレクトロニクス本部開発部長として次世代CAD/CAMを開発。1994年から韓国Samsung Electronics社常務としてCAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進。帰国後、2004年より日本のものづくりの方向性について研究。著書に「サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」「勝つための経営」(共著)などがある。