浸炭炉を導入した生産ラインが今、大きな変貌を遂げようとしている。それを象徴する内容の講演が2013年7 月、「第6回国際工業炉・関連機器展(サーモテック2013)」で行われた。講演したのは、工業炉メーカーのDOWAサーモテック(本社東京)で取締役テクニカルソリューション&リサーチセンター長兼環境技術開発センター設備開発管掌を務める秋元清隆氏である。同氏は講演の中で、こう明かした。「トヨタ自動車と共同で、浸炭処理工程の1個流しが可能な画期的な設備を開発した」。開発した設備は既にトヨタ自動車のハイブリッド車向け部品加工の試験ラインに投入し、量産の準備段階にあるという。
浸炭処理工程で1個流しを実現する─―。これはトヨタ自動車をはじめ、複数の自動車メーカーや部品メーカーなどが十年来、切に希望してきたことである。それがここに来て、ようやく叶えられようとしている。
悪名高き浸炭処理工程
浸炭処理工程はこれまで、同工程を導入する生産現場で「最後のネック工程」と揶揄されてきた。部品加工などの生産ラインの中で唯一、小ロットや1個流しに対応できていなかったからである。
ここで現在主流のガス浸炭処理の手順を示しておこう。まず鋼材(主に低炭素鋼)を炉内に置き、900~950℃までワークを加熱して高温に維持しながら(昇温・均熱工程)、雰囲気中に炭素を含むガスを導入する。すると、硬さの基となる炭素がゆっくりと鋼材の表面付近に浸み込んでいく(浸炭・拡散工程)。この状態の鋼材を急冷すると(徐冷・焼き入れ工程)、表面は硬く、芯部は靱性の高いワークが出来上がる。浸炭処理後は、焼き戻し*1をし、研磨などの仕上げを施すと完成品となる。
完成品は、疲労強度が高く耐摩耗性や耐衝撃性に優れるという特性を持つ。そのため、ギアなどの摺動部品に適用されることが多い。
一般にネック工程として知られるのが炉を用いてバッチ処理することの多い熱処理工程だ。熱処理には、浸炭処理を含まない一般的な焼き入れや、焼きなましなどがあり、浸炭処理もその1つに数えられる。では、なぜ浸炭処理だけが最後のネック工程と言われるのか。それは同工程には、他の熱処理にはない2つの特徴があるからだ(図1)。
1つは、処理に6~7時間もの長時間を要することにある。一般の焼き入れや焼きなましなどでも、ワークを一定時間、高温に維持する必要はある。しかし、電磁誘導加熱(IH)で急速加熱するなど、数分単位で処理をする方法が既に確立されている。これに対して浸炭処理工程は、炭素をワークに浸み込ませるのに長時間を要すると考えられてきた。
時間がかかるということは、大量のワークを一度にバッチ処理しなければ、後工程への供給に追い付かない。小ロット化が図れないわけだ。そのため、多くの生産現場では、前工程から流れてくるワークを一定量になるまでためてから一気に処理。後工程との間にも大量の仕掛かり品をためることで、流れを止めないように工夫してきた。
もう1つは、浸炭処理工程の副産物として爆発性のあるガスが発生する点だ。炉内に導入した炭化水素系のガスは、処理が終わると一部が爆発性の高い水素(H2)となる。この理由から浸炭処理工程は通常、部品加工ラインとは別棟に設置されていることが多い。すると、運搬のムダが生じる。この点が他の熱処理と大きく異なる。
1個流し/小ロット設備が続々
そんな浸炭処理工程をネック工程にしないためには、小ロット化や1個流しを実現して前後の工程の生産スピードと同期できる、全く新しい設備を開発する他ない。実は冒頭で紹介したDOWAサーモテック以外にもここのところ、浸炭処理工程の小ロット化/1個流しを狙った設備を開発するメーカーが続々と登場しているのだ。
本稿では、こうした工業炉メーカーのうち、「現段階で技術内容を公表できる」とした、光洋サーモシステム(本社奈良県天理市)、大同特殊鋼、IHI機械システム(本社東京)の3事例を取り上げる。それぞれ同じ小ロット化/1個流しを目指していても、その手段と設備の仕様は実にさまざまで興味深い(表)。
〔以下、日経ものづくり2013年10月号に掲載〕
*1 焼き戻し 焼き入れ後、内部応力の除去や靱性の付与などを目的に一定時間、高温状態に置くこと。低温焼き戻し(150~200℃)と高温焼き戻し(550~650℃)があるが、浸炭処理後は低温焼き戻しを実施することが多い。