2013年6月号から「関伸一の強い工場探訪記」をお届けしています。日本にあるさまざまな業種の工場を、工場長の経験もある筆者の関氏が訪問し、表面的な数字だけでは分からない優れた工場の強みや特徴など現場の生の姿をお伝えします。

SNSで顧客をつかむ町工場

 今回は、ものづくりの街として知られる東大阪市を訪れた。目指したのは、金型の製作や部品加工を手掛ける中辻金型工業である。同社代表取締役社長の中辻儀治氏の長女でもある同社総括部長の戸屋加代氏とは、コミュニティー型のWebサービスであるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で交流している(図1)。そこでの同氏のものづくりに関するアクティブな言動や雰囲気から、筆者は「この人が引っ張る工場を見てみたい」と以前から思っていたのだ。

 今回は少し趣向を変えて、工場内の設備や工程だけでなく、中小企業における工場の運営や経営者のものづくりに対する思いといった点に注目して工場内を探訪した。下請け体質からなかなか脱却できない多くの中小製造業の工場にとって参考になる点があるはずだ。

金型専業からの脱皮

 現在、中辻金型工業には本社工場と生産工場の2つの工場がある。前者は溶接工程と組立工程、検査工程、在庫管理機能を有し、後者は金型の設計から製作(切削加工、放電加工、組み立て)までと、その金型を使ったプレス工程を担う。

 社名からは金型メーカーというイメージを抱くが、特に本社工場で担う工程は金型メーカーらしくない。その点を戸屋氏に聞いてみた。

 1974年に創業した同社は、プレス金型の製造を主な業務としてきた。創業当時の日本は高度経済成長期の余韻が残っていた時代。黙っていても仕事が来たが、やがてバブル経済の崩壊とともにそんな時代は終焉を迎えた。

 この時、中辻氏は「これからは金型の生産だけに集中していてはだめだ。プレス加工や表面処理、組み立てにも対応できる会社にする」と決意したという。ただし、順送金型を使ったプレス(順送型プレス)で大量生産するような仕事は中国など海外へ流出することを見越し、「単発型プレスでも十分に採算が取れる多品種少量生産品に特化する」(同氏)という戦略を立てた。

 当時、従業員が十数人という小規模な企業がこのように判断し、業務の拡大に向けてプレス機や溶接機などの設備投資に踏み切ったのは珍しかったはずだ。さすがにめっきや塗装といった表面処理の設備までは導入しなかったが、そこは東大阪という地の利を生かした。運送コストや時間を最小限に留めつつ依頼できる企業が近所に数多く存在するからだ。

 同社の歴史を聞き終えた後、まず戸屋氏に案内されたのは、本社工場から徒歩1~2分の生産工場である。

 
〔以下、日経ものづくり2013年8月号に掲載〕

図1●中辻金型工業総括部長の戸屋加代氏
図1●中辻金型工業総括部長の戸屋加代氏
同社を探訪してみたいと思ったきっかけは、SNSを介したこの人との交流だった。

関 伸一(せき・しんいち)
関ものづくり研究所 代表
1981年芝浦工業大学工学部機械工学科卒。テイ・エス テックを経てローランド ディー.ジー.に入社。2000年に完成させた、ITを取り入れて効率化した1人完結セル生産である「デジタル屋台生産」が日本の製造業で注目される。2008年からはミスミグループの駿河精機本社工場長、生産改革室長として生産現場の改革に従事。28年間の製造業勤務を経て、3年前に「関ものづくり研究所」を設立。静岡県浜松市在住の55才。